一歩ずつ歩こうね

 想いを通じあわせて、手をつないで、キスをして。そんなタイミングで、寮に二人しかいない夜が訪れて。何もかもが順調だったから、自然と「部屋で待ってる」って言えたし、そーちゃんも覚悟を決めた顔をしてくれた。──のだけど。
「そーちゃん」
 ベッドの上で名前を呼んで、ちゅ、と小さな口づけを交わした。だけど、そーちゃんの手を握ろうとしたら、そーちゃんがそれをパッと引いて、隠すようにぎゅっと握った。
「……あ」
 そーちゃんは「しまった」というふうに声を漏らしたけれど、それだけで精一杯みたいだった。寝間着をまとった細い肩が、腕が、握り締めた指が、カタカタ震えてる。
「……っ」
 何か言わなくちゃ、って目をそーちゃんはしてたけど、薄く開いた唇から、言葉が出てくることはなかった。もともと色白な顔が、どんどん青くなっていく。見ていられなくて、嫌がられるかもしれないと思ったけれど、腕を伸ばした。
 ぎゅっ、と抱きしめて、でも背中をさするのはガマンした。そーちゃんのプライドを傷つけないで安心させるには、どんなふうにしたらいいんだろう。ちょっと考えてから、頭を肩にあずけさせる。ちょっとちっちゃくなってていいよ。しがみついてていいよ。何も言わずにそのままでいたら、そーちゃんがささやくような声で打ち明けた。
「……こわ、くて」
 きゅっ、と細い指が俺の寝間着を掴む。俺はやっと、頭を撫でるのを許されたような気分になる。でも、いきなり声をかけてなだめたりはしない。そーちゃんが頼ってくれたぶんだけ、ちょっとだけ、ちょっとずつ。
「今朝から、上手くいかなかったらどうしようって、そればかり考えちゃって……怖くて。年上なのに……リードしなくちゃいけないのに」
 そーちゃんの心の奥から、ちょっとずつちょっとずつ言葉がこぼれる。それをひとつも聞き逃さないように、静かにじっと黙っていた。
「……ごめんなさい……」
 だけど、腕についぎゅっと力がこもってしまった。ごめん、なんて言わないで。リードなんてしなくていい。そう言ったら、そーちゃんはまた胸を痛めるのかもしれない。
「俺は、ちょっと嬉しーけど」
 こんなに言葉を選んだこと、あったかな。告白した時より、慎重になってるかもしれない。好きだって気持ちをぶつける時は、とにかく分かってもらえればよかった。なのに通じあえただなんて奇跡だ。だから、壊さないように大事にしたい。
「どうして……」
「だって、そーちゃん緊張してんじゃん」
 そういう自分を突き放すみたいに、そーちゃんは腕の中から逃げようとした。だけど、離すわけなんかない。
「そのくらい、俺のこと好き、ってこと?」
 今度はそーちゃんが黙り込む。大事な気持ちを打ち明けあうようになってから、そーちゃんは上手く答えられないことが増えたかもしれない。そのぶん、俺は待てるようになった。この沈黙も、話すのと同じくらい大事なんだってこと。
「……違う?」
「違わない……と思う」
 そーちゃんがちっちゃく首を振る。仕草では俺を受け入れるように、ぎゅっと強く抱きついてくれる。そーちゃんなりに俺を肯定しようとしてくれてるのが分かる。いじらしくて、ちょっと切ない。
「頑張ってくれて、ありがと。でも、俺にも頑張らせて。一緒に考えさせてよ」
 二人ですることなんだから、って言ったって、そーちゃんは「年上なんだから」って突っぱねる。だけど俺にもさせてほしい。やりたがりの俺のことなら、分かってくれるでしょ。
「うん……」
 そーちゃんの震えがほんの少し収まって、腕の力を緩めても、逃げられないかな、って安心感がちょっと湧く。そのぶんだけちょっとキョリを空けて、もう一度ちゅっとキスをした。純粋な「好きだよ」のキス。泣き言を言うそーちゃんだって、大好きだよ。
「よし。今日はなんもしない」
 つとめて明るく言ってやると、明らかに戸惑ったような顔をされた。だけどもう決めた。俺たちには助走が必要だ。
「……でも」
「代わりに、やりたいことあんだけど、いい?」
「えっ……? いいけど……」
「よっしゃ。ちょっと待ってて」
 王様プリン以外のおねだりは、そーちゃんは案外断れない。弱点を利用させてもらって、駆け足でそーちゃんの部屋へ行く。調達するのは、そーちゃんの布団だ。
「……別々に寝るの?」
 抱えながら戻ったら、そーちゃんが不安そうな顔をした。そっか、そう思うのか。申し訳ないけれど、なんだか可愛い気もする。
「んーん」
 言葉で説明するより動いたほうが早くて、俺はばふっと布団を重ねると、寝間着を脱いでパンツ一枚になった。そーちゃんが面食らったように目を丸くする。
「あ、あの」
「そーちゃんも、脱がしていい?」
「えっ……!」
 そーちゃんがコチンと固まった。「何もしないって言ったのに」なんて言いたげだ。真っ赤になったそーちゃんに、最初にかけるべき言葉ってなんだろう。考えたけど分からなくて、結局ちゅっとキスだけを落とす。やっぱり肩がびくっと震えた。
「なんもしないから」
 頭を撫でて、ボタンに手を掛ける。そんなに怖がらなくていいのにな。俺が悲しいってわけじゃないけど、今日に限っては怖いことするわけじゃないのに、こんなに震えてるんじゃ可哀想だ。これからすることで、どうかちょっとでも安心できますように。種明かしはしないまま、寝間着のボタンをぷちぷちと外す。
「ズボンも脱がしていい?」
「んっ……」
 うん、って声は上手く出なかったみたいだけれど、そーちゃんは膝立ちになって、おしりを上げる格好にしてくれた。ゴムを膝まで下ろすと、今度は座って足を伸ばして、足首から抜き取りやすいようにしてくれる。
 そーちゃんのおかげで、二人とも無事にすっぽんぽんになれた。パンツは、また怖がらせそうだから、穿いたままでいいや。
「じゃ、寝よ」
「えっ……?」
「おいで。さみーだろ」
 二人ぶん重ねた布団に先に入って、そーちゃんの入れる隙間を作って示す。そーちゃんはしばらくコーチョクしていたけれど、「くちっ」と一つくしゃみをしてから、観念して隣に潜り込んでくれた。
「どお?」
「どう、って……あったかい、けど」
「だろ。ハダカでくっつくとあったかいのって、ホントなんだな」
 もう少しくっついても平気かな。細い身体をぎゅっと引き寄せると、そーちゃんの手のひらがぴたっと胸に当たって、くすぐったい。
「環くん……ドキドキしてる」
「そりゃあしてんよ。心臓爆発しそうだもん」
「そんなふうに見えないのに……」
「はは。俺、普段キンチョーしねーもんな」
 立っている時より近くにあるそーちゃんの顔が、しゅんとしぼんでうつむいてしまう。そっとそっと頭を撫でると、そーちゃんが噛んでいた唇を薄く開く。
「僕も、格好つけたかったのにな」
「んー。でも、そうじゃねーとこも見たいし、好き」
「僕は好きじゃない……」
「でも俺は好きなの。……怒る?」
 うん、とも、ううん、とも言えなかったみたいで、そーちゃんはちょっぴりむくれながら、そろそろと顔を上げてくれた。なんもしないけど、キスはする。鼻にふにっとキスすると、そーちゃんの瞳がうるんで揺れた。
「……人肌って」
「うん?」
「気持ちいいんだね……苦手だって思ってたのに」
 そーちゃんがほうっと息を吐いて、頭を俺の首もとに埋める。今夜のキスは、さっきので最後かな。
「俺とだからでしょ」
 得意げに言ってやったら、そーちゃんがくすくすとささやくように笑った。さらさらで、すべすべで、しっとりしてて、吸い寄せられるみたいにぴとっとくっつく。最初から何もかも上手くいかなくたっていい。こうしてるだけで、すごく幸せ。
「ふふ。そうかもしれない……」
 そーちゃんのカラダの力がほっと抜けて、少しずつ夢の世界に近づいているのが分かる。その足並みをジャマしないように、呼吸と同じくらいの速さで、ゆっくり、ゆっくり、まんまるの頭を撫でる。
 俺たちが歩む道は、茨の道なんかじゃない。すごくふわふわで真っ白な、雲の上みたいな、きれいな場所だよ。夢見るみたいに、微笑みあいながら、今日も、明日も、一歩ずつ歩こうね。