キスでかえして

 すれ違ってばっかの日が続くと、お互い寂しくてカリカリしやすくなるもんだけど、もちろんそうじゃない時もある。
「た、環くんっ」
 お風呂から上がったら、今日初めてそーちゃんに会った。どもっちゃうくらい声を弾ませて、どうしたの。
「どした?」
「あ、ええと、お風呂の栓は抜いた?」
「おー」
「じゃあ」
「じゃあ?」
「一緒に寝たいんだけど、いいかな」
 俺よりずいぶん早く帰ってきて、最初のほうにお風呂に入ったはずのそーちゃんのほっぺが、まだ風呂上がりみたいにピンク色になってる。何があったのか知らないけれど、興奮しちゃってかわいーの。
「いーよ。部屋で待ってて」
「うんっ」
 そーちゃんは子供みたいにうなずいて、ちょっと駆け足で戻っていった。寮内は走っちゃダメだって、いつもそーちゃんが言うくせに。
 エロい誘いじゃなさそうだから、そーちゃんの部屋にした。それでいいって言われたってことは、ホントにエロい誘いじゃないってこと。そーちゃんは俺の部屋でするのが好きだ。逆にそーちゃんのテリトリーに入れてくれる時は、そーちゃんが話したいことがある時。
「おじゃましまーす……」
 ノックしつつも返事を待たずに入ったら、そーちゃんは布団に下半身だけ入ってた。ベッドを半分空けてこちらを見る顔は、「早く早く」って言いたげだ。
「もう寝る? 電気消す?」
「うん。でもね、お話したいな」
 うんうん、分かってっから。電気は全部消して、もそもそと布団に身体を収める。いつも少し低いところにある顔が、今はすぐ目の前にある。
 なんかあったん、なんて訊かない。そーちゃんがどんなふうに話しだすかも、俺の楽しみの一つだから。
「あ、あのね、今日の話なんだけど」
「うん」
 そーちゃんが声も息も潜めてぽしょぽしょささやく。気が高ぶるのを抑えているのが、可愛い。
「こないだ納品した曲の、打合せがあって」
「うん」
「すごくすごく、褒めてもらえて」
「おー。よかったじゃん。頑張ったもんな」
「頑張ったんだけど、それもそうなんだけど……帰りに、ユキさんと会ってね、それで」
 そーちゃんがちょっともったいつける。なんて言葉にしようか迷ってる。一番話したいのはここなんだな。撫でてやりたくなるのをぐっとこらえる。
「今度、今度、楽曲を、作り合うことになって」
「がく? きょく? ゆきりん?」
「曲! ユキさんが曲を作ってくださるんだ!」
「へー!」
 コラボってことかな。面白そう。そーちゃんの鼻息がかかってあったかい。布団の中もぽかぽかになる。
「そーちゃんが歌うんだよな?」
「そうだよ……! こんなこと滅多にないって、人のために作るのは苦手なんだって、でも僕の曲をずっと聴いてくださっていて、僕とやりたいって思ったからだって……!」
「すげーじゃん! 今年一番すげーかも」
「うん……!」
 ああもうどうしよう、ってそーちゃんが顔をくしゃくしゃにして、俺の胸に押しつけてくる。作り合うってことは、そーちゃんもゆきりんに作るのか。いつもは大仕事が来ると、緊張でガチガチになってたけど、今回はそんなの、どっかにふっとんじゃったみたいだ。
「これはまだ、ナイショの話?」
「あっ、そう……! 正式な話は、万理さんを通して来月頭にでも、って」
「そっか。楽しみだな」
 ゆきりんがフライングで言っちゃったのかな。そーちゃんもそれは分かってるんだよな。内緒にしとかなきゃいけない話なのに、俺に教えてくれて、嬉しい。絶対絶対、誰にも言わない。
 ゆきりんも楽しみなんだろうなぁ。
「どんなん作りたい?」
「うん……テーマをね、決めようって。そのほうがやりやすいってことだったから。自分たちで案を出せるから、考えておいてって」
「ほー。雪とか、春とか?」
「うん……抽象的なのもいいなぁ」
 そーちゃんがちょっと考えモードになって、はふはふしてたのは落ち着いた。でも笑顔がにじんじゃうのは止められなくて、何かを抑え込むみたいに俺に抱きついてきた。
「そーちゃあん」
「うん……」
「ふは。あんまぎゅうぎゅうすんなし」
「だって……嬉しくて」
 そろそろ頭を撫でてもいいかな。髪をさらさらくすぐると、首元に熱がこもってるのが分かる。そーちゃんの顔は、俺の胸にうもれて、見えない。
「嬉しくて……でも、ちょっと怖い」
「うん……頑張るよ、すごく。恥ずかしくないもの、作りたい……歌うのだって、もちろん」
 そーちゃんがちっちゃく誓いを立てる。恥ずかしくないものを作るってことは、恥ずかしくない作り方で作るってことでもある。俺の腕にも力がこもる。絶対絶対、他の仕事もカンペキにする。
「そーちゃん今日、眠れないだろ」
「うん……だから作曲しようかな、って思ったんだけどね、君に話したかったから……」
 ごめんね、ってそーちゃんが笑う。全然「ごめんね」のカオしてない。しょうがないやつ。だから可愛い。可愛くて、可愛くて、もうずいぶんと前から、しかたない気持ちでそーちゃんのことを見てる。
「おいで。ちゅーしたげる」
「ちゅー……?」
「とびっきりとろとろの、眠たくなるやつ」
「ふふ。うん……」
 いつもは俺が覆いかぶさるけど、今日はそーちゃんが乗っかってきた。仰向けで腕を広げて受け止めて、ちょっとホネホネしてる背中をぎゅっと抱きしめる。こんなにやわらかくて小さな皮膚も、今夜は俺より熱い。
 叫びだしたいなら、奪ってあげる。爆発しそうな気持ちは、ぶつけていいよ。どんなにおっきくても受け止めるから、ペースメーカーは任せてね。


 寝転がってそーちゃんにのっかってもらうと、いつも少しひんやりとしている身体が、あったかく感じる。それとも今日は特別なのかな。
「んむっ……」
 唇を触れ合わせていたら、そーちゃんからカクンと力が抜けて、唇同士が「むちゅっ」となった。
「あ……ごめん」
「今ちょっと寝てたろ」
「うん……」
 まぶたがもう閉じかけてる。そーちゃんはのそのそと俺の上からどいたけれど、仰向けになる力が残ってなかったみたいで、横向きのまんま背中をちょっと丸めた。
「な。眠たくなったろ」
「うん……魔法みたい」
「はは。タネも仕掛けもありません」
「ふふ……。すごいなぁ……」
「タネも仕掛けもねーのに?」
 寝ぼけてるのか、不思議なことを言われた。ハテナを返すと、そーちゃんは眠たそうなまんま、一生懸命話してくれる。
「君が、自然体でいる……ってことだろ」
「んー……。そうかもだけど」
「君が飾らないで、そばにいてくれるから……僕も、悩みとか、怖れとかを、あったかいもので洗い流されて、まっさらになれるんだよ」
 ふふ、って花が咲いたみたいな笑顔を向けられる。俺は顔がどんどん熱くなってしまう。
「そーちゃあん。恥ずかしいことゆーなよ」
「言ってないよ……今度、作詞にも挑戦してみようかな……」
 ふっとそーちゃんのまぶたが落ちて、すうすう寝息が聞こえ始めた。俺だって眠たかったはずなのに、そんなこと言われたら、わくわくしちゃう。このやろう、ってほっぺをつついたら、そーちゃんの口元がふにゃっと笑った。 そーちゃんの夢の続きを想像するのが楽しくて、もうしばらく、眠れそうにない。