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 夜中にトイレに起きたら、台所から水の音がした。
「誰か起きてんの?」
「あ、環くん……」
 声を交わすだけで正体が分かった。そーちゃんだ。シンクの明かりだけの台所を覗いたら、コップを持って立っていた。
「起きちゃったん?」
「いや……休憩しに来たところなんだ。飲み物が欲しくて」
「お茶淹れたげよっか?」
「ううん……いや、そのほうがいいのかな」
 歯切れの悪いそーちゃんは、コップを握ったまま、うつむいてしまった。やっぱいらないのかな。なんか考えてんな。最近は、そーちゃんがそーちゃんを粗末にする時、俺が怒るから、素直に淹れてもらったほうがいーんだろうなって、思ってるとは思うけど。
「コーヒーがいい?」
「あ、ううん……なんだか」
「うん?」
「ダメなところを見られたな、と思って」
 電気がまぶしい。そーちゃんの顔が暗い。夜にしょんぼりしてるところを見ると、昼間に見るより、胸が痛くなる。
「なんで……?」
「だって、夜更かししすぎるなって、言われてるのに……。また夢中になりすぎてしまって、でも別に捗ってるってわけでもなくて」
 ああ、俺にまた心配かけるって思ってるんだ。そこに、捗ってないモヤモヤが混じって、わけ分かんなくなっちゃったんだな。昼より夜のほうが落ち込みやすいって聞いたことがある。もともと悩みやすいそーちゃんのことだから、夜より深く落ち込んじゃってるに決まってる。
「そーちゃん」
 呼んだら、不安そうな顔が、こちらを見上げた。怒られる準備なんかするなよ。びっくりするくらい優しく抱きしめてあげたい。だけどまだ、目はそらさない。コップを置かせて、そーちゃんを見つめたまま、頭をそっと撫でる。そっと、そっと。まずは安心してほしくて。
「ダメなんて、言っちゃダメ。褒めてやんなきゃ。そーちゃん、頑張ってんだから」
「……でも、それが」
「どんな頑張り方でもえらいの。頑張り方を考えんのは後なの。そーちゃん、頑張った。いいこ、いいこだからな」
 そーちゃんの眉がかすかにゆがむ。大きな瞳がうるんで揺れる。ほら、やっぱり弱ってんじゃん。ちゃんと優しくしてやんなきゃ、ダメだよ。
「目、閉じて」
 瞳と一緒にゆらゆら揺れる気持ちを、一度落ち着かせてあげたくて、そーちゃんにそんな指示をした。素直で、えらい。頭をそっと引き寄せる。唇にそっとキスを落とした。そのまま舌で、撫ぜるように割り開く。
「んっ……ふ、んぅっ……」
 ちょっと突然だったから、驚いたそーちゃんが、鼻にかかった声を漏らした。このまま俺でいっぱいになって。不安もしょんぼりも、どっかやっちゃえ。
「んんっ……ん、んぅ、ぅんっ……」
 水を飲んでた後だからか、そーちゃんの口内はちょっと冷たい。つるつるの唇の裏、少しざらっとする舌、その付け根をつつくと、ぴちゃっと音がした。震える首を走っていく〝ぞわぞわ〟を追いかけて、そーちゃんの背中をならすようにさする。俺がいるって、思い出してね。
「ん、ふっ……はぁっ……」
 結構、いい仕事した。うるうるだった瞳が、とろとろになってる。真っ白だったほっぺは桃色に染まって、強張っていた背中も、あったかくなっていた。
「よくできました。もうちょい頑張る?」
 そりゃあ夜更かしは心配だけれど、そーちゃんが頑張りたいなら、応援だってしてやりたい。もちろん睡眠はちゃんととらせる。部屋に見張りに行こうかな。作戦を立てていたら、そーちゃんがぽふっと胸に抱きついてきた。
「もうちょいここにいる?」
「ううん……やっぱり、寝ようかな」
 なんで、別に怒んないよ。なだめようとしたら、そーちゃんがとろとろのまんまの顔で、俺を見上げる。それはちょっと反則じゃんな。
「君が、甘やかすから……」
 一緒に寝てくれる? なんてお願いされて、こっちの腰が砕けそうになった。こんなんで眠たくなるなら、いくらでもやってやる。