いつもこうしてくれた人

#リプもらった番号のワードを使って文を書く 2.クルラーナ(猫 息 埋もれる)より
 
 冬が好きなのは、寒いのが好きだからだ。
といっても、真冬に窓を開け放したりはしない。冷気に弱い仲間がいるから、寮内はいつも適温を保っている。だけど、暖房の風で満たされた室内にこもっていたら、息が詰まるような感覚に襲われて、パジャマの上にガウンとコートだけ羽織って、忍び足でそっと裏庭へ出た。
 静かに歩いているつもりでも、しゃり、と乾いた土が音を立てる。足を止めてまばゆい電灯を見上げると、吐息が同じくらい白かった。
 ふと、地の近くにも鈍く光るものを見つけて、視線が無意識に下を向いた。「にゃあ」と声を上げるその姿に、納得するより早く、頬が緩む。
「……こんばんは」
 皆に気付かれないよう出てきたのに、思わず声をかけていた。迷い込んできていたのは、小柄な白猫だった。帰る家がないのだろうか、猫は僕の声に耳を揺らすと、その場に腰を下ろして、上品に尻尾を丸めた。
 ここにいるつもりなんだろうか。もし行くあてがあるなら返してやりたい。とはいえ追い払うような仕草もできず、ひとまず歩み寄ってみたものの、猫は去ることをしない。試しに背中へ指を這わせたら、雪のように冷たかった。
「凍えちゃうよ。せめて、草の中にでも入ったらどうかな……」
 動物を抱き上げた経験はあまりなかったけれど、一番痛めにくそうなお腹へ手を差し入れたら、生き物らしく温かかった。けれど抵抗しないところを見ると、既に少し弱り始めているのかもしれない。
 怖がらせないよう、揺らさないようにゆっくり歩を進め、庭の奥の植え込みに猫を下ろした。フットライトに小さな顔が照らされて、ブルーグレーの瞳がきらっと光った。
「……なんだか」
 環くんに似ているね。語りかけても分からないだろうから、続きは心の中でつぶやくにとどめた。そんなことに気付くと、寮の中へは連れられなくても、放っておけなかった。
 寒さはかまわずコートを脱ぎ、続けてその下のガウンも脱ぐ。しゃがみながらコートだけを着直して、人肌に温まったガウンを真っ白な体躯にかけてやった。
 人の匂いが嫌じゃないだろうか、少し心配だったけれど、猫には心地よかったみたいで、張り詰めていた神経を溶かすように、その場に寝そべって丸くなってくれた。
「陽が出たら、暖まれるところへ行くんだよ」
──だなんて、夜中にわざわざ外へ出ている僕なんかに言われたくはないか。ふうっと漏れたため息が、コートの裾から覗くパジャマ一枚の膝を、じんわりと湿らせる。
 この猫を助けることができたから、こっそりとでも外へ出てきてよかったな。そんなことを思ったら、余計にこの場を離れがたくなってしまった。もちろんこんな薄着で野宿なんかしたら、風邪をひくどころじゃ済まない。やっぱりこの猫には、逃げてもらったほうがよかったかもしれない。
 鼻先に、ちら、と白いものがまたたくのと、頭に大きな布がバサバサと降ってきたのとは、ほぼ同時だった。
「うわ、なに……」
「うわなに、はこっち。埋もれんぞ」
 振り向くと、ロングのダウンコートにマフラーに手袋に帽子、完全防備でもこもこの環くんが立っていて、頭上にはいつのまにか、きらきらと雪が舞っていた。足音で気付かれたんだろうか、それとも声だろうか、タイミングによっては怒られるなと展開を推理していたら、環くんは思いのほか何も言わず、隣にしゃがんだ。
「にゃあこ」
「知ってる子?」
「このへんじゃ見ないかも。首輪してねーけど、迷子かな」
 夜空の下では凛としていたその子は、すっかり体毛をぬくぬくとふくらませていて、環くんに向かって瞳を細めた。
「こいつ見てたん?」
「見てたというか、たまたま出会ったんだけど、なんだか……。なんだか、放っておけなくなっちゃって」
 君に似ていて、とは言えなかった。なんだか、とても寂しそうな猫だったから。
「もうヘーキっしょ。にゃあこ五匹くらいあっためられそう、これ」
「そうかな……。本当は、コタツの味でも覚えさせてあげられればよかったけどね」
「野良にはやめときな。外で生きられるようになってんだから」
「そういうもの?」
「そういうもの。それよか、なんかまたセンチになってたろ」
 環くんは僕のマフラーやストールを持ってきてくれていたみたいで、しかめっつらで見下ろしながら、僕の首に一枚ずつぐるぐると巻いていった。
「一人でそーいうのやめろよな」
「やめろって、むしろ一人じゃない時に、好き好んで感傷に浸ったりなんかしないよ」
「それはそれでいーよ。でも、こんな夜に外出なきゃなんないなら、俺んとこ来なって言ってんの」
 ちょっとずれてるなぁ、と口には出さず、声を殺しながらも笑ってしまった。この子は何を言ってるんだろう、いつだって僕のために、春の陽だまりみたいな場所を用意してくれるくせに。
 僕の態度が気に入らなかったのか、環くんは力任せに僕の身体を引き寄せて、広い胸の中に押し込めた。暖かな部屋は息苦しかったのに、甘い匂いが、冷えた胸を満たして癒す。
「あったかい……」
「そーちゃんは冬ばっかゲンキンだよな」
「そんなことない。どうして?」
「夏にこうして来ることなんてほとんどねーじゃん」
 それは、君が僕を温めてくれる人だって覚えたからだ。君が、いよいよ雪が降ってきたからって、いい大人を慌てて迎えにきてくれるような優しい人だからだよ。
 そんな人を、そんな日を、知っているから暖かい日に強く歩ける。それを環くんは寂しがって、現金だって言うのかもしれないけれど、僕はそんなふうになれるのを、子供の頃からずっと望んでいたんだよ。
 冬は、僕を強くしてくれる人のことを思い出す。
「……猫も、大丈夫そうだから、戻ろうかな」
「おー。寝る前にお湯浸かっとけよ」
 普通なら気遣うためのその言葉が、どこか拗ねているように聞こえるから、今夜は君の部屋で眠ろうかな。部屋着のガウンは、白猫にあげてしまったし。