神様の使い

◎夏蓮さん(@estate_lotus)「神様の使い」環壮

「あんまり離れて歩かないで」
 らくだ色の砂浜の向こうに、街並みがしんきろうみたいに揺れてる。そーちゃんの声に振り向くと、歩きづらくてもどかしかったのか、一生懸命裸足になろうとしている最中だった。
「そこまでしなくても」
「だってどんどん行っちゃうから」
「もっと早く呼び止めればいいだろ」
「だって、君が」
 そーちゃんは靴下を詰めた靴を右手に、俺の手を左手に取って海側へ立った。傾きかけた陽がきらきら、水面に反射してそーちゃんの影を濃くする。
「海に消えちゃいそうだって?」
「分かってるなら近くにいて」
「消えたことないし、もうお決まりじゃん」
「お決まりってほど二人で出掛けてないだろ」
 揚げ足取るんじゃありません、とつないでいる手をぶんぶん振ったら、そーちゃんがうつむいてはにかんだ。白い光に似合うこの笑顔は、何年経っても結局、俺のものにはならなかった。
 こないだなんか、ライブの幕間に言い出したもんだから驚いた。ステージから岬みたいに伸びてた道の上で、ペンライトのうずに消えてしまいそうだったって、裾の暗がりで抱きしめられた。
「そんなに弱っちそうに見える?」
 悔しさを押し込めて、努めて優しくそう訊いた。そーちゃんは月みたいな目をぱちくりとして、よろこびも悲しみもたたえない顔で返した。
「その逆。空とか、海とか、あまたの光の粒の中から、きっと君は生まれてきたんだよ」
「なにそれ。新しい曲に歌詞でもつけんの?」
「つけない。君が本当にかえってしまう時に、もう一度言う」
 本当だったろって――そーちゃんの表情が得意げに変わる。そーちゃんの中で俺はいつしか、とてつもなく大きな何かから分かれた、まぼろしみたいなものになった。
「次は高原に行きたいな」
「高原? 山?」
「そうだね。でも、深い森があるようなところじゃなくて、見下ろした地平線の際まで、満天の星が広がるようなところ」
「そこで、俺が溶けちゃうか試すの?」
 言ってやれば、そーちゃんは俺の手をそっと離して、世界をつくった神様の使いみたいに、不敵に笑んでうなずいた。
「うん」

……「スタークラウド」天の川の中で、最も星が密集している星域の名称。散開星団「M24」の別名