5.5.残夜のアルビレオ

「ソウー、MEZZO”の出番だけど観る?」
 洗い物の手を止めて共用スペースに目をやると、モニターに僕と環くんが映し出されていた。恐らくこないだ出演した、生放送の音楽番組だ。手を拭い、エプロンのままソファへ向かうと、真ん中に座っていた大和さんが僕のスペースを空けてくれた。
『四葉くん、小指痛そうだねえ。踊れる?』
『MEZZO”はバク転とかしないんでダイジョブっす』
 ああ、そうだった。このトークの時のものだ。初っ端から頭を抱えている僕を、大和さんが不思議そうにチラと見やった。
 司会が環くんの怪我を労わり続ける。テレビの中の僕がハラハラし始めている。普段からバラエティやトークが苦手だと、まずいと分かっていたってフォローもままならないのだ。
『体育の授業とかでやっちゃった?』
『あ、これはウチに曲ド……』
『環くん!!』
 バチン、と僕の手が環くんの口を押さえた。というより最早叩くように打った。以降、環くんの顔の赤みがしばらく引かなかった。これがこの日の失敗その一。
『あっ環くんごめんっ……』
『ド?』
『ド、ドカッて……そーちゃんが』
『逢坂くんが?』
 僕がおろおろしている横で、環くんがしどろもどろに話し続ける。
『そーちゃんがパソコンを』
『あっ準備できたようですー!』
 動転している僕と混乱している環くんが、急かされるままその場をあとにする。関係者や視聴者に「僕が何がしかのヘマをした」という誤解を残し、歌のパートが始まった。
「……お疲れさん」
「すみません……」
 これが失敗その二。カメラの前で環くんに口を出してしまったのがその三だ。正直もう見ていられない。けれどこの日最大の失敗がまだ後に控えている。
「お、なんかダンスの雰囲気違うな」
 やっぱり、と溜め息をつく。改めてメンバーに指摘されるのは恥ずかしいけれど、きちんと記憶に焼きつけて、繰り返さないようにしなければ。
「……違和感ありますよね。ただでさえ体格差があるのに、余計にこぢんまりしてしまって……」
「いや、丁寧でいいよ。でも確かに、タマと合わせてないのは分かるな」
「はい。……集中しろって、いつもは僕が環くんに言うのに」
「うーん、でもこれ、集中してないっていうより……」
 話の途中でキイ、と玄関の開く音がして、大和さんが振り返った。続いて、ただいまあ、と間延びしたあいさつが聞こえてくる。
「タマ、おかえり。ちょうど録画観賞会してたんだけど」
「というか反省会を……」
「反省? 俺の話?」
 制服のジャケットとパーカーを重ねて脱ぎながら、環くんが耳を傾ける。気を悪くしたかと思いきや、小言なんて慣れっこみたいな顔をしていたから、大和さんがすぐさまフォローを入れた。
「いや、ソウの振りが大人しいんじゃないかって話をね」
「あー……」
 環くんの視線の先で、僕たちが何度もすれ違いながら舞台を行き交う。決して触れることのない指先の微妙な距離感が、この曲の見せどころの一つであり、練習で苦労した個所でもある。
「それ、俺の手にぶつかんないようにって心配してたせい。お客さんも分かってると思う。そーちゃん、夕飯できたら起こして」
 僕はいつの間にか環くんの顔を見上げて口を開けていた。番組はとっくに別の歌手の話題へと移っている。
「そーちゃん、聞いてる? 俺ちょっと寝る」
「あ、う、うん……」
「おやすみなさい」
 大した返事もできないまま、環くんは階段を上がっていってしまった。途端に居たたまれなさが僕を襲う。大和さんの表情なんか見なくても分かる。
「お兄さん安心したわ」
「いえ。反省会の続行を希望します」
「まーたお前は……」
 よかったな、と頭を撫でられて、よかったのかな、と胸の奥が揺れた。特に、ファンの前で環くんを叱ることは、もともと自分で禁じてもいたことだ。収録後に謝ろうと思ったのに、機嫌を損ねるどころか妙に空気が柔らかかったのは、これが理由なんだろうか。
「大和さん」
「はいよ」
「洗い物だけお願いしてもいいですか」
「ハンバーグくらい作ってやれるよ」
 感謝を告げて上階へ急ぐ。お夕飯まで寝るって言ってた。今、部屋を訪ねたら怒られるかな。ラビチャで伺いを立てようかと思ったけどやめた。
 今すぐ君の「いいよ」が聞きたい。