044 おとぎ話

「そーちゃん赤? 赤ってめずらしーな」
「ああ、『赤ずきん』だからね」
 君はよく似合ってるよ、と資料を眺めながらそーちゃんが笑う。今度、ナントカっていう会社の企画で、童話をモチーフにした衣装を着ることになった。
「どうせなら猟師がよかった。耳みたいなの、別の仕事でもつけたし」
「今度の衣装も異国情緒があって好きだけどなあ」
「何言ってっか分かんねえけど、それに、オオカミって悪い役だろ。おばあさんも赤ずきんも食べちゃうじゃん」
「よく知ってるね」
 最後はどうやってこらしめるんだっけ、と首を捻りながら、そーちゃんがスマホを叩き出した。たぶん俺が説明したほうが早い。
「猟師が腹切って助け出して、石詰めんだよ」
「えっ……そうだっけ。どうして石を詰めるの?」
「知らねえけど、なんか腹が重くて井戸に落ちてた」
「お腹を切っても大丈夫なんだ?」
「だから知らないって。俺が考えたんじゃねえし」
「そっか……」
 他の皆は幸せそうな物語の役なのに、俺らの話だけ妙に物騒だ。真面目なそーちゃんは教師といいお医者さんといい、いつも役作りに時間を惜しまないけれど、今回はどうなるんだろう。
「オオカミさんは、どうして僕の大切な人を食べてしまったの?」
「え、なに。どういうこと」
「君なりの役の解釈を聞きたいんだよ」
 小芝居が始まったのかと思ったけれど違った。そーちゃんの目は真剣だった。難しそうな仕事だからこそ、打ち合わせを重ねておきたいんだろう。意図が分かると俺もそーちゃんの力になりたくて、園で読んだ絵本の記憶を頭の中で一生懸命追った。
 確か、赤ずきんはおばあさんのお見舞いに出掛けるところだったんだ。お母さんの焼いたおいしいお菓子と、お家で作ったお酒を持って。通り道の森のオオカミは、たぶんお腹が空いていただけじゃなくて、悪さを誰にも止めてもらえないくらい、一人ぼっちだったんだ。
「ずっと寂しかったんだ、きっと。うらやましかった。おいしい食べ物も、送り出してくれる家族も」
 ただ食べるのに困っているだけだったなら、赤ずきんの荷物を横取りするくらいで済んだ。でも、それと同じくらい寂しくて仕方がなかったから、赤ずきんを道に迷わせて、先回りして、二人が会えないように、おばあさんをお腹の中に隠してしまった。
「そーちゃん、赤ずきんは、自分が食われるまで、おばあさんが食われちゃったこと知らないんだよ。でも、言えるわけねえよな、そんなの」
 オオカミが心から悪人だったのならそれでもいいけど、そーちゃんの目の前に現れるオオカミはきっとそうじゃない。そうじゃないなら、そーちゃんの顔を見た時、絶対、取り返しのつかないことをしたってめちゃくちゃ後悔したはずなんだ。
「悲しいって、嫌いって、許さないって言われるくらいなら、食べちゃったほうがマシだったのかな。オオカミって、そんなに寂しかったのかな……そーちゃん」
 名前を呼んだはずみで、ぽろぽろと涙がこぼれた。そーちゃんが目を丸くしていたけれど、俺もびっくりした。役作りを手伝っていたはずなのに、いつの間にか自分のほうが物語に入り込んでしまってた。
「ご、ごめん。環くん、ごめんね。泣かせるつもりはなかったんだけど」
「俺も泣くつもりなかった」
「ごめん……」
 そーちゃんはハンカチで俺の目尻を拭うと、申し訳なさそうに眉を下げた。別に俺が泣くのなんて滅多にないわけじゃないんだから、そんなことより、そーちゃんの役に立ったのかを教えてほしい。
「赤ずきんは? そーちゃんは、どうしてオオカミの腹に石なんか入れたの。二人とも助かったんだし、逃げて終わりでもよかったのに」
 訊いておきながら、そーちゃんを困らせるだろうなとは思った。優しいそーちゃんのことだから、その場にいたら、ぺたんこのオオカミの腹を縫って叩き起こして、三人がかりで説教したのち仲良くできないかって交渉しそうだ。実際、全く自分勝手な俺を見放すことなく話しかけてきたような人なんだから――と過去を振り返っていたら、ようやくそーちゃんが口を開いた。
「間違っても、悲劇が繰り返されてはいけないと思ったんだろうね」
 紙の上で大きなマントを翻す、可愛らしい衣装に不釣り合いな、低くて静かな声でそーちゃんは語った。思えばこれは登場人物が死ぬ話なんだ。どうしたって、お姫様が綺麗なドレスを着る話や、王子様とケッコンする話とは違う。
「石を詰めたのは僕じゃないかもしれない。でも、そうするのを咎めたりはしなかった。実際に大切な人を食べられていたからね。背負える罪だと思った」
 そーちゃんの視線は資料に落とされたままだったけれど、確実にそこではないどこかを見ていた。俺の知らない表情なのに、いつかこんな顔をする日が来るんだろうなとも思えた。俺が本当にオオカミだったなら、その時そーちゃんの隣にはいられない。
「そーちゃん、考えよ。今回、赤ずきんやるのは俺らだけじゃん。二人だけの話作ってもいいんじゃねえの?」
 顔を上げたそーちゃんが目を丸くして、ふたり、と小さくつぶやいた。そうだよ、二人だよ、そう念を押す代わりに、まだ乾かない頬でなんとか笑って見せる。
「ええと、まず、寂しかったオオカミはそーちゃんと友達になりたいと思います」
「本当? また無理して話すことないなんて言わない?」
「俺が話したい時はいーの。それに、そーちゃんも話したいって思ってくれてたら上手くいく。そーちゃん、怖がらないかな」
「大丈夫。身を守る準備は怠らないから」
「ストップ。俺が怖え」
 それからどうする? 顔をほころばせたそーちゃんが、身を乗り出して声を弾ませる。たぶん俺はお腹空いたって言っちゃうと思うけど、レイギに厳しいそーちゃん相手だから、もう少し我慢したほうがいいのかな。
「じゃあ、じゃあ、俺から何かあげる。食いもんはねえけど……森だから、花ならいっぱい咲いてるから」
 森の隅から隅まで探して、一番きれいだって思う花を見つけたら、一つだけ摘んでプレゼントしよう。もしもそーちゃんも気に入ってくれたら、もっとたくさん咲いてる場所があるよ、また遊びにきてよって誘うことができる。
「それで、できれば、次は王様プリンを持ってきてほしいです」
「はは、結局それじゃないか、もう……。悪さなんかできそうにないね、君は」
 褒められたんだろうか、なめられているんだろうか、よく分からないけど、そーちゃんが笑ってる。仕事は相変わらず難しそうだし、少し不安だけれど、二人でこんなふうに話し合っていったら、どんな最後になるのかな。