040 ディアマイミッドナイト

 布団の中で首を丸めていたら、いきなり赤ちゃん電気が消えた。
「うわっ」
「あ、ご、ごめん。眠ってるかと思って」
 目の前には、俺の布団をめくったところで退けなくなっているそーちゃんがいた。ご丁寧に枕まで持ってきてたので、黙って場所を空けてやる。
「だいじょぶ。起きてた。そーちゃんが部屋出た辺りから」
「なんだ、こっそり入ったつもりだったのに初めからバレてたんじゃないか……」
 俺が追及しなかったからか、そーちゃんも素直に横たわった。はみ出た肩を毛布で包み直してやると、枕に頬を埋めたそーちゃんが、気持ちよさそうに深く息を吐いた。
「去年は全部の電気を点けてる日も多かったのにね」
「んー。まだ慣れてる途中」
「そうか。邪魔してごめんね」
「んーん」
 それきりそーちゃんは会話を切った。隠したいのか、強がりなのか、察せるほど俺はオトナじゃない。
「急にどしたの。怖い夢見た?」
「そういうわけじゃないけど、目が覚めちゃったから、たまにはね」
「たまには?」
「たまには……僕から添い寝に行こうかと思って」
 一番大事なのは寝ることであって、そーちゃんに吐かせることじゃない。それを間違えないよう、暗い中、声の震え方一つにも神経を研ぎ澄ます。
「苦手なんじゃなかったの」
「さすがに慣れたよ。君だって、僕の隣なら電気がなくてももう眠れるだろ」
「でもわざわざ来ることねえじゃん。やっぱなんかあった?」
 カーテンはまあまあ厚いはずなのに、どこからか明かりが漏れるんだろうか、次第にそーちゃんの顔が浮かび上がる。大きな瞳が少し光って、そこが揺れたことを教えてくれる。
「やっぱり言わなきゃ……?」
「だめ」
 勘違いしないでほしいんだけど、俺は怒ってるわけじゃない。だけどすれ違わないための優しさを、俺はあんまり持ってない。代わりに、つんと突き出た鼻先にちゅっと小さく吸い付いてみる。これは甘えたい時のやり方とおんなじ。
 もっとカッコいい方法があればいいけど、これで上手く行く時もあるから、しばらくこのままでいくしかない。
「さっき言ったとおりだよ。たまには僕から行こうかなって思っただけで……。いつも君から来てもらって、寂しがらせてないかな、と思って」
「寂しい……? 別にそんな、考えたことねーけど。そーちゃんもともと一人で寝るヒトだし、入れてもらえたらモーケモンっつーか……」
「そう。ならいいんだけど」
 聞けたは聞けたでよかったけれど、結局そーちゃんの早とちりなのか。そう片付けようとしたところで、俺の否定に乗っかったっきり息を潜めたそーちゃんにピンときた。
「もしかしてそーちゃん、寂しかった?」
 ぴく、とそーちゃんの肩が強張る。そーちゃんはうんともううんとも言わない。このまま逃げ切りたいんだろうか。でもこれはチャンスだ。逃せない。
「だってそーちゃん、人の目気にするし、ちょっとケッペキだし、ディフェンス堅いっつーか、ヘーキな時がよく分からんつーか……」
 回らない頭でまくし立てる俺に、そーちゃんも目をぱちくりさせてる。俺がこんなにしゃべるのなんて滅多にないのは俺にも分かる。だけど言いたいのはこんなことじゃない。
「手つなぐのとか、キスとか、えっちとか、俺からももっとねだってもいい? あと、あと、たまにはって俺んとこ来てくれたってことは、一緒に寝るの、そーちゃんちょっとは嬉しかった?」
「も、もう……。夜だし寝よう。質問攻めにしないでくれ」
 まいったとでも言わんばかりに、そーちゃんは俺の胸の中で背を丸めた。心臓の辺りがほんのり熱い。ほとんど見えないとは分かってても、真っ赤な顔を上げてほしくて、容赦なく追撃を繰り返す。
「そんなの、我慢しないでもっと言ってよ。そーちゃん、好きなものは好きだって言うのに」
 もともと自己主張が得意じゃないのは分かってるけど、おじさんのこともあってだろうか、心掛けてるんだと思ってたのに。確かに時々行きすぎるけど、そんなの俺は気にしないのに。そう言いたいだけだったのに、食い入るように俺を見たそーちゃんは、歯がゆそうに瞳を歪めた。
「僕は君のことがちゃんと好きだよ」
「別に疑ってるわけじゃねえけど」
「……そうじゃなくて……」
 泣けねえそーちゃん可哀想、ってそーちゃんに言ったのはいつだったっけ。いざ目の前で泣きそうな顔をされると、どうしたらいいか分からないから悔しい。せめて顔を隠すのだけはしてほしくなくて、半ば捕らえるみたいに手首を掴む。喉を震わせたそーちゃんは、絞り出すみたいに言葉を紡いだ。
「好きだけど……好きだけど、ただの好きじゃない……」
 つられて潤む目を凝らしてみたけれど、そーちゃんの目から涙が落ちることはなかった。優しく抱きしめてやれたらいいのに、切なさを殺して唇を合わせる。
 そーちゃんは時々、通じ合えないことにとてもビンカンだ。伝えられなかったおじさんのことを思い出すんだろうか。分かり合えなかった家族のことが心残りなんだろうか。
 そーちゃんの中で俺が「大切」になったら、俺もそーちゃんを苦しめるんだろうか。一番にしてと願う時、本当はそのことが少しだけ怖い。
「そーちゃん……全部言わなくていいよ」
 そーちゃんが目を覚ましたように瞬きをする。その瞳は濡れないままだ。反してそーちゃんに覆い被さった俺の目からは、一粒だけど、しずくがこぼれた。
「ごめん、……泣かないでくれ」
「だって、俺も分かんねーもん……。言ってって言ってるくせにおかしいって思うし、なんで上手く言えねーんだろ……」
 そーちゃんが起き上がって、二人ベッドに座って向かい合わせになる。抱きしめてくれたのはそーちゃんのほうで、情けないけど素直にすがった。
「俺のこと好きになる時、苦しいって思わないで。できないこと増やさないでよ。俺はそーちゃんのこと好きになって、いろんな人に褒められるようになったよ」
 いつも子供体温だねって笑うそーちゃんの腕が、今日もちゃんとあったかい。
 人と触れ合うことは苦手じゃないけど、そーちゃんがくれるぬくもりだけは、長いこと忘れてた物のように思えた。そーちゃんが俺に向き合ってくれて初めて、俺は人と通じ合うことを諦めていたことを知らされた。
 知った時、とても悲しくなった。自分が思ってる以上に寂しかったことに気付いた。そーちゃんを好きになってからのそーちゃんとの全ては、そのくらいに寂しくなかった。だから俺も絶対に、そーちゃんを寂しがらせたくない。
 そんな簡単なことなのに。
「泣かないでって」
「泣いてねーし」
「はは、めずらしい嘘をつくね……」
 どんな仕草なら、どんな触れ合いなら、言葉にならない気持ちを救えるんだろう。一緒にいたいと望むことは、こんな戦いが続くことなのか。
 それでもそーちゃんは迷いなく、細い指で俺の目尻を拭う。薄闇で白い頬がやわらかくほころぶ。涙は熱と人肌に溶けた。
「寝よ。とことんぎゅってしてやる」
「もう涙は止まった?」
「だから泣いてないってば」
 ううん、わかるよ、とささやく声も、俺の鼓膜に真っ直ぐ届く。誰かに愛されるということは、こんな深い夜の底でも、見つけてもらえるということなのかも。