033 二律

 君を知ることは僕を知ることなのかもしれない。今日は豆電球を消す代わりに、自ら環くんのベッドへ潜り込んだ。
「撮影、スムーズに進んでよかったね」
「ん。明日も頑張る」
「ホテルの夕食も美味しかったし」
「たまには贅沢するのもいーよな」
 ちゅ、と環くんが唇を寄せる。まだ目は慣れていないだろうに、息遣いやなんかで位置が分かるんだろうか。
「そーちゃんはさあ、やっぱ寝付きわりーの?」
「……顔色悪かったかな?」
「そういうわけじゃねえけど。俺すぐ寝ちゃうから、そーちゃんはそれの反対なんかなって」
「どうだろう。眠くなってからベッドに入るから、そうでもないと思うよ」
「何それ。寝不足なのそのせいじゃん」
「だから今日は君と一緒にベッドに入っただろ」
 あー、それで俺の隣に来たわけ。環くんが面白くなさそうな声を出す。その通り、いつもは僕が片付けや明日の準備をしている間に環くんは眠り込んでしまうので、電気を消しても怒られることはない。深夜に暗いと起こされる回数も、日を追うごとに減ってきたから助かっている。
「そーちゃんってほんと自分のことテキトーだよな」
「そういう意味なら、環くんはしっかりしすぎだと思うけど……」
「俺のこと、俺がしっかりしなくて誰がしっかりすんだよ」
「冗談だよ。そういうところが君の長所だよね」
「おー。じゃなくて。人より自分の心配しろって言ってんの」
 ……と言われても、自分のことは最大限面倒を見ているつもりだ。ゆとりを持って行動するのも、身の回りを片付けておくのも、明日の準備を怠らないのも、当たり前のこととはいえ、自分への自分なりの思いやりの一つだと思う。
「そういう意味では、君は自分のことをあまり大切にしないよね」
「そういう意味ってどういう意味?」
「ううん。お節介かもしれないから、いいよ」
「またそーやってごまかす」
 声色で環くんが唇をとがらせたのが分かる。だけど少し眠たそうなのが可愛くて、僕は焦る気なんか起こらず、手探りで火照った頭を撫でる。
「君を褒めてくれる人がいると嬉しいんだよ」
「俺は……」
「うん?」
「そーちゃんが褒められてるとモヤッてする」
 環くんの手も僕の耳を掠めて後頭部へ伸びる。同じ仕草をしているのに、口から出る言葉は正反対だ。
「褒められてほしくないわけじゃねえけど」
「うん。分かってるよ」
「俺の知らないとこで褒められてればいいのにって思う」
「ふふ」
「なんで笑うの」
 隠し事はできないくせに、憎まれ口を叩き切れないところが本当に可愛い。それをどう説明しようか迷っていたら、いっそう不安げな声が上がった。
「……怒った?」
「どうして?」
「文句言ったから」
「言ってくれたほうがいいよ」
 いいも何も、なぜ笑うのかと今しがた訊いてきたばかりなのに。それとも、笑いながら怒ったことがあったかな? そんな疑問すらおかしくてもう一度息を漏らしたら、ついに髪をピンと引っ張られた。
「抜けるからやめてくれ」
「そーちゃんって髪もやらかいというか、ひょろっこいよな」
「不吉なこと言わないでくれる?」
 仕返しに環くんの長い髪を引っ張る。ちょっと勢いがついてしまって、んが、と変な声が聞こえた。乱れたところを撫でつけると、あっという間に元に戻った。あちこちハネやすい僕としてはうらやましい。
 戯れが過ぎてしまったので、指先の遊び場をうなじへと移した。筋張った箇所に触れるたび、十七歳らしくないなあと溜め息が出る。環くんの弱いところなんて、涙腺くらいしかないんじゃないだろうか。そう思うと僕の泣けない理由も、説明がつくんじゃないかって気になってきた。
「もとは一人の人間だったのかな」
「なんであんたってそうぶっ飛んじゃうわけ?」
「なんだよ。真面目に言ってるのに」
「あっそ。でも、分かれて生まれてきたほうがいいだろ」
 そうだろうか。同じ人間だったのならすれ違いも仲違いもあり得なかった。もちろん言ったって仕方のない駄々だとは知っているけれど、こんな意見すら食い違うなんて、つくづく君との関係はままならない。
「それに、俺の半分は理だもん」
「そうか。そうだったね」
「そーちゃんは一人で産まれてきたからユーシューなのかな」
「そんなことないと思うよ」
「いおりんもユーシューだけど、たぶんみっきーがずっと近くにいたからだよな。なあ……」
 俺も理とずっと一緒にいたら、ちょっとはユーシューだったかな? そんなふうに続くはずだった言葉を、どちらともなくなかったことにした。環くんの手がほんの少し汗ばんで、居たたまれなくなったみたいに頸椎に降りた。
「あの。あのさ。間違えんなよ」
「何をだい」
「別々がいいって言ってるわけじゃねえよ」
「……うん。ごめん、正直意味がよく分からなくて」
「分かんないって……、くそ、ちょっと待って、あーもー」
 いつもなら自分の髪をぐしゃぐしゃと掻いていたであろう大きな手が、今日は僕の頭を荒々しく抱き込んだ。鏡合わせになっていた動作が崩れて、環くんのうなじを離れた僕の手は行き場をなくし、ぱた、と頼りなくシーツの上に落ちる。
「分かれてるから、そーちゃんのことが分かんないじゃん」
「うん」
「分かんないってことは、分かることもあるってことじゃん」
「そうだね」
「そういうこと。なんで分かんねえの」
「分かるけど、もし一つの人間だったら?」
 肘を少し曲げたら、環くんの広い背に届いた。だけどなんだか中途半端な位置で抱かれてしまっていて、僕の腕が環くんに触れる面積はとても少ない。こんな寒々しい形になるなら最初から胸と胸の間に収めておけばよかった。試しに少し身じろいではみたが、環くんは意地でも張ってるかのように動かない。
「一つの人間だったら、分かるとか分かんないとかはない」
「だろ。そういうことだろ」
「そーちゃんはそのほうがいいの?」
 肯定は環くんにとっての不正解だと察せなかったわけはないけど、後にも退けず、小さくうなずいた。
「君に理ちゃんがいるのは分かってるけど」
「そーいう話がしたいんじゃねえだろ」
 胸がそっと離れて目と目が合った。実際に合ったかどうかは暗くて曖昧だったけれど、合うはずの場所を互いに確かに見ていた。
「そーちゃんの話聞いてから文句言う」
「何それ、ひどいなあ、もう……」
 無邪気な言い草に力が抜けた。おでことおでこがコツンとぶつかって、せっかちだなあ、と笑みがこぼれる。
「単純な話だよ。君を一人にしないのが、僕ならいいのにって思うんだよ」
「なんだそれ。理がいるのに」
「そうだよ。僕でもやきもちをやくんだ」
 君が褒められている僕を見て複雑な気持ちになるのと同じだよ。そう説明しながら改めて頭を撫でてやる。環くんの手は、僕の肩の上でちょっとだけ震えてた。
「じゃあ、一つの人間だったら、俺がモヤッてするのも治んのかな」
「治るかもね。でも、君は分かれていたほうがいいんだろ」
「うん……だって」
 ぎゅうっ、と環くんが不意に僕を抱き締める。僕もとっさに頭が反応して、今度は腕も体もぴったり重なった。
「今、俺らが似た気持ちだったって知って、嬉しいって思ったばっか」
 共感するにはまだ少しかかりそうだけれど、言われてみれば、君が嬉しい時は僕も嬉しいんだってことを、やっと思い出した。