028 相思相愛

 蒸し暑い空気で雲が腐っていくみたいに黄色くなって、辺りはたちまち薄い闇に包まれた。セミの声が遠のくごとに、道行く人が足を速める。仕事帰りの俺とそーちゃんも、話し合うでもなく同じようにした。
 そーちゃんの折り畳み傘じゃしのぎ切れないかな、とぼんやり考えていたら、不意にそーちゃんがぐいっと俺の半袖を引っ張った。
「環くん、見て、あっち!」
「えっ、……うわ」
 振り返ると住宅街の道路の果てが、もやがかかったみたいに暗かった。よく見ると、そこだけ雨が降っている。雨の境目なんて本当にあるんだなあと感心している間に、濡れた地面がどんどんこちらへ近づいてって、反射的にそーちゃんの腕を掴んだ。
「そーちゃん、雨こっち来るっ……走んぞ!」
 そーちゃんは、え、とか、わあ、とか叫びながら、転げるみたいについてきた。けれどよく考えたらこれって、大きな空の上を小さな人間がちょこまか走り回ってるみたいなもんだ。当然逃げられるわけなんかなくて、息も上がらないうちに追いつかれて、あっという間に濡れねずみになった。先に噴き出したのはそーちゃんだ。
「……ぶっ」
「はははっ、びっしょびしょ! 走った意味ねーじゃんなっ」
「ほんとだね、君が慌てるからつられちゃった」
「だって襲ってくるみてーだったんだもん」
 滝のような雨は激しさに似合わず温かかった。そーちゃんは両手で前髪を掻き上げると、天が絶えず落とす粒を浴びるみたいに伸びをした。へたった癖毛とあらわになったおでこが可愛い。俺に向いた笑顔はどんな水も弾き飛ばせそうだ。
「ちょっと怖かったね」
「うん。でも面白かったな」
 もう傘は差さなくてもいいよね、とそーちゃんがまた笑った。どうせ差したって、俺が差すとか君が濡れてるとか、ケンカになるからちょうどよかった。カバンがどうとか靴がダメになるとか、そーちゃんがピリピリしないのも嬉しかった。仕事終わりだからだろうか。
「資料類や衣装はジップロックに入れてあるよ。夕立の季節だからね」
「おお」
 考えてること分かったのかな、とか、さすがそーちゃんだな、とか一度に色々なことが思い浮かんで、言葉にするのは諦めた。一瞬二人して黙り込む時間が生まれたけれど、そーちゃんはめずらしくニコニコしてて、ただ歩いてるだけなのに何も気にならなかった。
「あったかくて気持ちいな」
「でも雨が上がったら冷えるだろうから、やむ前に帰ろう」
 そーちゃんの早歩きに俺が合わせて、どちらともなく手をつないだ。傘を差すのが間に合わなくてよかった。二人とも全身びしょ濡れだけれど、二人とも一緒だからかまわない。二人の腕を流れたしずくが、汗と混ざって手と手の間に流れ込む。
「シャワーは一緒に入ろうか」
「そーだな、風邪ひくもんな」
 どっちが先にドライヤーを使うかでまたケンカになるかなあ。仕方ないからそーちゃんに先に上がってもらって、俺の髪は、そーちゃんに乾かしてってお願いしよう。