024 花火

 どどんどんどん、ぱぱぱぱぱ、どん。全身を震わす破裂音とともに、色も形も判らないほどたくさんの花が、頭の上に咲き乱れては散っていく。きれーだな、と嚙みしめる暇すらほとんどないのに、空が光れば光るほど、観客は手を叩いて喜んでいた。
「なんで一度にまとめて打ち上げんだろ」
 残された煙を見つめながらぽつりとこぼすと、隣でゆっくり、そーちゃんの動く気配がした。川の土手に広げたレジャーシートに二人して寝そべった状態じゃ、顔を傾けるとそーちゃんしか見えない。周りの人も似たような格好をしていたから、問題ないだろうと踏んでお互い、変装用のマスクを下げた。
「たくさん重なると綺麗だろ」
「そうだけどさ。すぐ消えちゃうのにもったいねえじゃん」
「こういうのは消えるのを楽しむものだよ」
「ふーん。へんなの」
 同じ消えちゃうもんでも、一晩寝たって咲いてる花とか、自分のエイヨウになるプリンとかのほうがいい。花火が無駄なもんだって思ってるわけじゃないけれど、どうしたって見ていられる時間が短すぎて、なんのために打ち上げているのか、時々よく分からなくなる。
「あまり好きじゃなかったならごめんね」
 どおん、と今度はまばらに上がり始めた火の玉に、そーちゃんの頬が照らされる。ごめんねっていうことは、そーちゃんは花火、好きなのかなあ。
「別に嫌いじゃない。それに、せっかく上げてんのに見ないほうがもったいねえよ」
「そうか。それもそうだね」
 何に納得したのか意味不明だけれど、そーちゃんは相槌を打って、また天へと視線を移した。俺も続いて同じようにする。
 どどどん、ぱぱぱぱ、しゅるしゅる、ぱちぱち。慣れ始めた目に映る花火は、散るというよりただただ消えてく。けれどだんだんそれだけじゃないものがあるのにも気付いた。いつか写真で見た星団のようなきらめきや、彗星の尾のような光のあしあとは、きれい、と息を漏らす暇をようやくくれて、もっと見たい、と胸をどきどきさせた。
「なあ、昔、あんなのあったっけ」
「どうかな。あまり覚えてないな」
「俺もあんま覚えてねえけど。でも、なかったよな」
「ふふ。そうだね、そうかもね」
 花火を作る人の中にも、名残を惜しむ人たちがいたのかな、そう思うとなんだかほっとして、最後の柳の花火には思わず拍手していた。
「面白かったな。な、そーちゃん」
 街灯が点いて辺りがざわめいてきたからだろうか、そーちゃんの感想はよく聞こえなかった。けれど笑って俺を見ていたから、面白かったね、って言ってくれたんだと思う。
 周りの人たちが腰を上げ始めても、俺たちは寝転がったままでいた。マスクをしてないそーちゃんの顔をもうしばらく眺めていたい。どうせ帰り道は混むんだから、ゆっくりしたって変わんないよな。
「環くん」
 相変わらず辺りは騒がしいのに、俺の名前だけは妙によく聞こえた。それだけ呼ばれ慣れているんだろうか。ぼうっとしていたらそーちゃんがもう一度、環くん、と唇を動かした。
「来年も一緒に見に来よう」
「ん。皆と来ようって言うかと思った」
「皆とがいい?」
「目立つから無理だろ」
「そうだね……じゃあ、やっぱり二人でこっそり来よう」
 ほら、約束、とそーちゃんが小指を差し出して、考える間もなく俺の手も同じように動く。触れた場所はほんのわずかなのに、炎が揺れているみたいに熱い。
「この指を離したら、約束も消えちゃうと思う?」
「……そーちゃんってたまにヘンなこと言うよな。どっちかが忘れでもしなきゃ、大丈夫に決まってんじゃん」
「そっか。そうだね」
 さして強い力で結ばれていたわけでもない二本が離れ離れになって、先に立ち上がったのはそーちゃんだった。斜面に足を取られたのか、よろめいて川辺に転げそうになっていたので、とっさに手首をつかんでやると、俺の肩に手をついてはにかんだ。
「ねえ、今日は手をつないで帰ろうか」
「え、なんで? いいの?」
「うん。人が多いからかえって目立たないよ」
「そーちゃんがいいならいいけど」
 淡白な調子で会話を連ねて、共同作業でシートを畳んだ。小さくなったそれをそーちゃんのカバンに入れると、そーちゃんが俺の顔を目だけで見上げた。一歩前に出て手のひらを後ろへ向ければ、そーちゃんの手が吸い付くみたいに俺の手に収まる。結んだところが見えないように、できるだけ肩を寄せ合って歩いた。
「うそ」
「うん?」
「うそついた」
 人混みの中にいても俺の顔は他人の頭より上に出てしまうから、赤くなってるであろう耳は隠せない。それなら素直に言ったほうがマシだ。
「う、嬉しい、です」
「……うん」
 手をつないでいる時に話しかけると、そーちゃんはぎゅっと強く握ってくれる。分かっているけどいつも少しだけ緊張する。そうしてと頼んだわけじゃないし、そーちゃんもそうすると言っていたわけじゃないから、いつか同じ動作が返ってこない日が来るんじゃないかって怖くなるのだ。他人と寄り添い続けるということは、こんな分からないことへの不安に打ち勝ち続けるということなんだろうか。もしそれに負けてしまったら、二人は離れ離れになってしまうんだろうか。
「僕も嬉しい」
 俺の気持ちを知ってか知らずか、そーちゃんは普段通りの優しい声を出す。そーちゃんの指がもぞもぞともがいて、力を少し緩めてやると、指と指が互い違いに絡まった。そういえば結局、そーちゃんが花火を好きなのかどうか訊くのを忘れた。どんなところが好きなんだろう、考えをめぐらせていたら、そーちゃんの指に、震えるくらいの力がこもった。
「君の隣にいる時、僕も、同じことを思っているからね」