022 半分こ

 ジーワジーワ、セミの声は暑さで世界が溶ける音みたいだ。むしろ本当に溶けちゃって寮まで運んでもらうほうが楽かも、なんて考え始めたところで、熱風にひらめくノボリが俺の目を覚ました。
「そーちゃんそーちゃん!」
「どうしたの」
「今日だけ五十円引きだって」
 交差点に行き当たる大きな歩道の隅、いつもはストリートミュージシャンがひっそり歌っている木陰の下に、遊園地によくあるみたいな、人力移動のジェラート屋さんがやってきていた。そーちゃんはというと瞬き始めた青信号にちょうど足を速めたところで、俺が慌ててシャツを引っ張ったら、勢い余って脇腹が見えた。
「な、そーちゃんも暑いだろ。すっぱいのとかもあるし、食べよ」
 オレンジとか、レモンとか。そーちゃんでも食べられそうなメニューを一生懸命指さしていたら、何がおかしかったのか、そーちゃんがふふっと笑って汗をこぼした。
「いいよ、たまには。プリン味もあるし」
「あ、すげー!」
「気付かなかったの?」
「俺これにする」
 でも、隣のキャラメルも美味しそうだし、夏場じゃ溶けちゃうチョコレートも捨てがたい。バニラにはカラフルなスプレーをかけてくれるらしいし、早く決めないとどんどん目移りしてしまう。
「そーちゃんは?」
「僕はなんでもいいよ」
 この人はまたそういうことを言う。半ば助けを求めるつもりで尋ねたのに、答えは全くの期待外れだ。ちょっとムカッとしたのもあって、ますます判断がまとまらなくなる。首筋に川が流れ始めた。
「プリンにするんじゃなかったの」
「今決めるから待ってってば」
「どれとどれで迷ってるの?」
 なんだよ、キョーミなさそうな態度とってたくせに。急かすような口ぶりのわりには優しい声で問いかけられて、ショーケースを覗き込んだ姿勢のまま上目遣いで振り返ると、そーちゃんが「ん?」と首を傾けた。
「プリンと……」
「うん」
「えっと……やっぱキャラメル」
「分かった」
「分かったって……何が?」
 混乱している俺を放って、そーちゃんがお店の人を呼んだ。決めなくちゃ、と焦っている間に、そのまま二人分の注文が済んでしまった。答えはカップに載って出てきた。俺に手渡されたのは見慣れたプリン色、そーちゃんの手には食べてみたかったキャラメル色だ。
「そーちゃん、それでよかったの?」
「うん。半分こしよう」
 なんでもいいって、そういうこと? 口に出したつもりだったけど、上手く声にならなくて、そーちゃんは気付かずに歩き出してしまった。「なんでもいい」なんてわけない。せめてブドウとか、キイチゴとか、ジンジャーとかで迷えばよかった。
「環くん?」
 横断歩道の手前でそーちゃんが立ち止った。信号は何度目かの赤だった。
「あ、えっと、そーちゃん、お金……」
「今日はいいよ」
「おごってくれるの?」
「その代わり、帰ったら部屋の掃除するからね」
「う。……はい」
 手を付けないままになっていたプリンジェラートに、そーちゃんが遠慮なくスプーンを差す。俺もキャラメルを口に運ぶと、冷たいから食べやすいね、と濡れた唇がにっこり笑んだ。「なんでもいい」なんてわけないけれど、そーちゃんにとっては本当に「なんでもいい」ことだったんだろう。そのそーちゃんにとっての「なんでもいい」ことが、俺の喉を甘く潤しては癒す。
「そーちゃん。俺、荷物持つ」
「大丈夫だよ。そんなに重くないよ」
「ジェラート食ってんだろ」
「君だって同じじゃないか」
「じゃあゴミ、後でゴミ持つから」
「分かったから落ち着いて食べなよ」
 思えば食べ歩きなんて寮の中でも咎められるのに、今日は道路の真ん中でちょっと贅沢なものを買い食いしてる。いつもは食べかすなんてベッドの上でも気にしないけど、今日は道端にクリーム一滴すら落とさないよう気を配った。
「……そーちゃん、おいしい?」
「うん。おいしいよ」
「そっか」
 今はまだ難しいけれど、いつか俺の「なんでもいい」ことも、そーちゃんを助けたり、嬉しくさせたりしたらいい。