015 両片想い

 駅の出口で立ちすくむ人たちの間をすり抜け、鞄の隅に押し込めていた細身の折り畳み傘を取り出す。天気予報が外れたのかどうか、今朝はテレビを眺める暇なんてなかったから分からないけれど、備えは常にしておくに限る。
 歩を進めながら一つ息を吸う。振り返ると案の定、環くんが無防備に雨に打たれていた。制服の下のパーカーは早くも色を変えていて、もう三月も半ばだというのに寒々しい。
「こないだあげた折り畳み傘はどうしたの」
「学校に置いてきた」
「寮にもいくつか予備があるだろ」
「知ってっけど。そーちゃんが急かすから忘れた」
 口答えにカチンと来ながらも、黙って右側の空間を差し出した。入れて、とは言い出さないくせに、走って帰る無茶を僕が許さないことも分かっているんだ、この子は。
「あんがと」
 隣人の身長に合わせて、腕の位置を調節する。背の高い君が持ってくれと頼むべきか悩んだけれど、結論を出す前に、環くんがせわしなくスクールバッグを漁り始めた。
「やっぱり傘、あった?」
「ううん。手袋」
 さみい、とこぼしながら結局、目的のものを見つけ出すのは諦めたらしい。ポケットに手を突っ込みながらくしゃみをした環くんが、今にも白くなりそうな吐息を漏らす。
「環くんはいつも薄着すぎるよ」
「だって今日、十五度くらいって天気予報で」
「雨なら話は別だよ。だいたい予報を見ていたならきちんと傘を持ってくれ」
「だからー。そーちゃんが言ったんじゃん、んなもん見てるヒマないって」
 言い争いつつ僕も背筋がぞくっとして、必死でくしゃみを抑え込む。急に黙ったせいか環くんがこちらを伺って、何を思ったか、傘を持つ右手を握られた。
「な、なに」
「そーちゃんだって冷えてんじゃん」
「そりゃ……、肌寒いから」
「それもそうな」
 返答するのに精一杯でいた間に、柄をすっと持ち上げられる。一瞬あっけにとられてからすぐ、環くんが傘を持ってくれたのだというごく単純なことに気が付いた。
 ありがとう、と伝えるタイミングを逃した。たったそれだけのことで、次の会話の糸口を見失う。しとしと、何をも解かすことのない雨が、見慣れた帰路を長くする。
 惚れてるほうの肩が濡れてる。歌だったっけ、小説だっけ。あまりに有名な言葉なので忘れた。
 乾いた肩の間に空いた不自然な距離を盗み見しつつ、自由になった手でジャケットのボタンを留める。半身の冷たさに耐えながらも、本当に息が白くなったらどうしようかと、矛盾した苦悶を押し殺した。
「さみいな」
 環くんがもう一つくしゃみを飛ばす。その隙を見て緩やかに呼吸をしてみる。
「そーちゃん、シャワーどうする」
「君が先に入って」
「そう言うと思った」
 出会ってじきに一年が経つのに、「もう少し寄りなよ」、そのたった一言だけが言えない。