012 夢のなかの人

 楽屋の前で声をかけてきたスタッフは、そーちゃんの叔父さんのファンだったのだという。そーちゃんはそういうことを公にはしていないけれど、声も雰囲気もやっぱり似てるし、何より名字が同じだから、分かる人には分かる。
 その場で立ち話をしながら、そーちゃんはずっとほっぺを赤くして笑ってた。俺は横でそれを見てた。若い女のファンに関して自分が良くない思いをしたことがあるせいか、ちょっと心配もあった。けれど、そーちゃんの叔父さんを好きな人に悪い人なんかいるわけないか、なんて勝手にすぐ納得して、先に楽屋へ戻って、差し入れにもらったプリンを食べてた。
 今夜は笑ったそーちゃんの夢をみようと思ったのにな。
「環くん……寝てる?」
 どこでも眠れる性分だと、かえって睡眠が浅くなる。ささやき声に呼び起こされて、小さな明かりに目を凝らすと、そーちゃんがうっすら扉を開けて、俺の部屋を覗いてた。起きてる? じゃなくて、寝てる? だって。確かめなくてもちゃんと寝てるけど。起きがけに文句を言うのもしんどいし、そーちゃんが出ていくのをただじっと待った。待ったのに。
 扉が閉まって、でもそーちゃんは部屋の中にいて、足音も立てずにこちらへ近寄ってくる。なになになに。
「わー!」
「あ、ごめん……」
 そーちゃんの行動がおかしすぎて、おかしな悲鳴を上げてしまった。ごめん、と言いつつさらに俺の顔に触ってくる。
「なに、なに、どうしたの。寝ぼけてる?」
 なんていうんだっけ、ムユービョー? どうしよう、そーちゃん疲れてるのかな、とりあえず寝床に戻してやんなきゃ。寝ぼけまなこをこすって起き上がると、そーちゃんが少し後ずさる。もしかして、意識はしっかりしてる?
「そーちゃん……どうした?」
 しっかりしてるなら逆に心配だ。しっかりおかしいってことだもんな。不用意に近づいたら動物みたいに逃げられそうな気がして、少し考えてから、ベッドからは降りずにおいでおいでをしてみた。怖がってたのは俺のほうなのに、ほんとヘン。
 そーちゃんもそーちゃんで間を置いてから、離れた距離をゆっくり縮めた。ようやく見上げる勇気が出たけど、表情は陰になっていまいち見えない。
 俺はけっこう、気が小さいのかも。ただごとじゃないと理解だけはして、言葉に詰まるばかりでいたら、先にそーちゃんが口を開いた。
「環くん、泣いてない?」
「……なんで?」
 それを確かめにきたっていうのか。だから顔なんか触ってきたのか。さいわい、あいにく、元気なんだけど。
「なんかヤなことあったっけ」
「あ、ううん。大丈夫ならいいんだ」
 いいわけあるか。気味が悪いじゃんか。回れ右をした左手を掴んで、相変わらずはっきり物を言わないそーちゃんを問い詰める。
「俺の泣き声でも聞こえたの。うるさくしたなら謝るけど」
「違う、本当にいいんだ。思い違いというか」
 何がどうして思い違ってんのか分かんないから気味悪いのにな。細い左手をくいくいと下へ引っ張ると、案外素直にしゃがんでくれて、そーちゃんの表情がやっと見えた。変わったところは特にないけど、そーちゃんはいつもこんな顔してるし、観察したってあんまり意味ない。
「俺、悲しそうに見えたの」
「そんなことはないよ」
「でも泣いてたんだ」
「うん……夢の中で」
 ゆめえ? 思わず声が裏返った。そーちゃん、可愛いこと言うんだな。
「それで心配になって来ちゃったんだ」
「まあ、……その通りだけど」
「ありがと。全然ダイジョーブだけどな」
 今日なんか、昼間のそーちゃんの笑顔思い出して、楽しい気分で眠れそうだったし。そう自慢げに説明してやると、そーちゃんは目を見開いたあと、そうなんだ、とつぶやいてはにかんだ。
「ねー、一緒に寝る?」
「え、どうして」
「せっかくここまで来てくれたしさ」
 尋ねつつもどうせどっちで寝たって一緒だろと思ってるから、左手をそんままぐいーと引き寄せて、布団をがばーと開けてやった。
 空いた平らなスペースにそーちゃんの右ひざが遠慮がちに乗っかる。そのまま俺の脇のそばに右手をついて、少し前かがみになりながら左脚を持ち上げた。その辺りで俺はそーちゃんの手を離し、まくった布団をくるんと掛ける。今のそーちゃんはたぶん、相当あったかい思いをしているはず。
「電気消してくれるなら寝てもいいけど」
「ここまで来といてそれ言うのかよ」
 シングルベッドというのは狭いもので、そーちゃんの腕は俺の胸の中だし、俺の腕はそーちゃんの背中の上。今夜は俺の主張が勝った。たまにはいいだろ、負けるのも。
「ねー、そーちゃん」
「なんだい」
「俺さあ、確かに時々泣くけど、夢の中まで泣くほど泣き虫じゃないよ」
「ふふ、そうだよね。ごめんね、オトコだもんね」
 やっとほどけたそーちゃんの心を引っ掻くみたいで、抱き締めながら、俺のほうこそごめんねって思う。
「でも、あんたの代わりに泣くなら、いいよ」
 あーあ、今夜は笑ったそーちゃんの夢をみようと思ったのにな。