010 腹筋

「ねえ、もう一回力入れてみて。もう一回だけ」
「分かった、分かったから、力入れるまで触んないで」
 いたずらのようなくすぐったさから逃げるたび、そーちゃんのベッドがギシギシと鳴る。二人でじゃれてはしゃぐには、ここは少し狭いなと思う。
 アイドルの仕事を始めてからずいぶんと筋肉がついた。そーちゃんがすごいすごいと目を輝かせるようになったのはいつからだったっけ。
「出会った時から体格のいい子だと思ってたけど、短期間でこんなに変わるなんて、やっぱり成長期だね」
「成長期はそーちゃんにだってあっただろ」
「悪かったな、進歩がなくて」
「そーいう意味じゃなくて」
 すねてそっぽを向きかけたそーちゃんの肩を慌ててこちらへ引き戻す。確かに薄くてほそっこいけれど、鎖骨ひとつすらきれいな形をしていて俺は好きだ。
「俺、親父に似てんの」
 そーちゃんの顔がふっと曇る。あーあ、だからやなんだよ。「君の話は分かりづらいから、結論を先に言ってほしい」。こないだそうリクエストしたのはそーちゃんのほうなのにな。
「そーちゃんってホントわがまま」
「なんだよ藪から棒に、大体君に言われたく……」
「あーもー、うるさい」
 軽く鼻をつまんでやると、不意をつかれたそーちゃんが、んがっとうめいた。かわいくないのがかわいくって、話を進める前に笑いがもれる。
 そーちゃんはいっつも心配性だ。俺の家族の話を聞く時も、時々「おそるおそる」の空気を出す。そーちゃんは神経もほそっこいのか、相手を悲しませたんじゃないかという心配で自分のほうが悲しみ出すような、正直すごく面倒な人だ。だから俺は「やめろ」とは言わない。
「そーちゃんはほそっこいほうに似たんだろ」
「そうかな。確かに、男の子は母親に似るって言うけど」
 けど、で終わってしまうそーちゃんからは、「さぐりさぐり」の空気が出ている。俺だってもともとおしゃべりなほうじゃない。だけどそーちゃんが理やおふくろの話をしてくれるのは嬉しい。だから、もっと知ってくれたっていいのに。
「理ちゃんは、お母さん似だった?」
「うん。おふくろが自分でそう言ってた」
 たあくんはお父さんによく似てるね。昔、そう言われたことがとても嫌だった。あんまり嫌で、かわりに理が似なくて済んだならよかったと思った。こういう話は、最近はしないほうがいいのかなと思ってるけど。
「俺、高校入って背が伸びたら、踊ってるだけでどんどん筋肉ついて。なんかすっげーテンション上がって、そっからすっげー筋トレとかした」
「あはは。やっぱり自分でも嬉しいもの?」
「そりゃーな。面白いじゃん、やったことがすぐ目に見えてくるの」
 腕の中でそーちゃんがようやく笑う。一生懸命説明したかいがある。
 長いまつげ、真っ白なほほ。うすべにのくちびる、やわらかな声。そーちゃんは誰に似たんだろう。その人に似て、本当によかった。
 いつだったか初めてこんなふうに思った時、俺は少しだけ涙が出た。たぶん俺のおふくろは、あんな親父でもきっと、好きだったんだろうな。
「ねえ、もう一回腹筋、触る?」
「もういいよ。ありがとう、何度も疲れただろ」
「余裕だしこんなん。遠慮すんなって」
 なんだよ、触ってほしいの? そう言って結局、俺の腹をなでるそーちゃん。そーちゃんが俺の腹筋をこんなに褒めてくれるなら、そーちゃんがそのほそっこい誰かに似てて、本当に本当に、本当によかった。