008 年上のつま先

「……ふふっ」
 毛布に鼻をうずめたそーちゃんが俺の胸に息をかける。首もとを詰めるのは得意じゃないけど、そーちゃんと一緒に寝る時は、もう少しボタンを締めておいたほうがいいかもな。
「ちゃんと寝ろよ」
「ごめん。君の足があんまり温かくて、つい」
 膝を折り曲げたそーちゃんが、つま先で俺の足首をすいと滑った。あんまり暴れたら落ちんだろ、そう言い聞かせても笑みが止むことはなく、ちっちゃいガキみたいだなー、なんて思ったりする。
「そーちゃん、結構眠いだろ」
「うん? そうでもないよ」
「嘘つけ。遊び疲れた時の理とおんなじ、そーちゃん」
 わけもなくケタケタ声を上げ始めた子供を、あったかいところに座らせてやると、面白いくらいストンと眠るんだ。そんなそーちゃんが見てみたくなって、俺は一生懸命つむじを撫でる。けれど、そーちゃんが膝を曲げているぶん体が遠い。思い切って細い腰に脚を回し、こちらへぐいっと引き寄せてやる。抱きまくらを抱くみたいなかたちだけれど、それにはそーちゃんはちょっと、かたい。
「そんなに小さくないよ、僕は」
「おんなじだよ。似てはないけど」
「へえ。おっかないって言ってたくせにね」
「おっかなくても、同じなの」
 腕の中にあったかいものがあると安心する。ただ、大人だからか足先だけがどうしても冷たい。俺の足で挟んでやればすぐに元通りになるだろう、そう企んで姿勢を戻しているうちに、そーちゃんがすっと伸び上がった。
「……なに」
 最初の一口はあごに触れた。けれどすぐに唇まで届く。噛みつくようなそれじゃない。ただ魚が空気をせがむように、弱くやわく先っぽで食むだけ。
「そ……、ちゃ」
 なんなの、ともう一度尋ねる前に阻まれる。顔を引けば、上唇が下唇を追い掛けてくる。壁側にいた俺はほどなく追い詰められたけれど、優位に立ったそーちゃんの攻撃は、特に激しさを増すことはない。
 中途半端なやり取りにもどかしさがつのって、気づいたら薄い背を力いっぱい掻き抱いていた。重なっていただけのものを情緒もなく押しつけると、そーちゃんが俺の二の腕をぎゅっと掴んだ。
「ぅん……っ」
 今夜はあんまりこんな声を聴きたい気分じゃなかったんだけどな。返り討ちにしなくちゃ気が済まない、自分の性分を恨めしがる。もとからされっぱなしになるのは好きじゃない。だからちゃんと話してって言ってるじゃんな。
「待っ……ぁ、っ」
 息継ぎにこぼれる文句も形にはならない。なんだか妙な衝動が襲ってきた。腕に力を込めて隙間を徐々に狭める。逃げる先はそれこそもう、俺の舌先くらいしかなくなっている。それでもそーちゃんは抵抗をする。小さな口の奥へ奥へと縮こまっていく。同じものでちょんと触れれば、鼻からまたひとつ熱が吐かれた。
「……っ、はっ……バカッ、今日は寝るよっ」
「俺だって寝るっつのバカ」
「バカは君だろ!」
「そーちゃんが先じゃん!」
 どちらともなく降参するなり、色気のない罵り合いが始まってしまう。なんなんだよ、と思っていたら、そーちゃんがそっくり同じセリフをつぶやいたので、ついついスネを蹴飛ばしてしまった。
「いっ……たいな、もう!」
「いでっ! そんな強くやってねーだろ!」
「このくらい痛かったんだよ!」
「それでやり返すとかそーちゃんガキかよっ」
 どつき合うたび布団が波打って、二人の間はとっくに冷たい。襟を開けたままの胸もとも寒いし、ほんと、そーちゃんと口きくとろくなことがない。
「もういい。おやすみっ」
「はいはい、ちゃんと寝ろよな」
 背を向け合ってあいさつをすると、二枚重ねの毛布が左右に分かれた。肌寒いけれど今日はもう、今さら寄り添うなんて恥ずかしい。ほんと、ろくなことがない。そーちゃんは本当にこんなことがしたかったのかよ。
「……なんかつまんないことでもあったの」
「ない」
「じゃあどっから不満だったわけ」
「何もないってば」
 それじゃあ無視すりゃいいじゃんな。今すぐベッドから出ていけばいいのに。
「……そーちゃん」
 結局振り向いて骨ばった肩に手をかける。もちろん諦めてやるには早すぎる。許すつもりなんか一ミリもない。
「俺が甘やかしてくれると思ってる?」
 少し低い位置からこちらを睨み上げたそーちゃんは、威嚇するようなその表情にとうてい似合わない言葉を返す。
「思ってる」
 まともに聞いてやってしまった時点で、もしかしたら俺の負けは決まってるようなもんなのかも。
「そっちから嚙みついといて、いい度胸じゃん」
 しょうがないな、とは言ってやらずに、ふてぶてしい手つきで腰を抱く。ただし肌と肌がくっつくことはない。触れるのは変わらず、あふれた感情の注ぎ口のような、この体で一番やわらかいその部分だけ。
「環くん」
「なんだよ」
「つま先が冷たい」
「……知るかよ」
 寝るだの寝ろだの騒いでいたのに、どうしようもなく目が冴えてしまって、皮膚のひとかけまでもが呼吸を始める。どうしてわずかな触れ合いばかりが、かえってこの胸を痛めるんだろう。