007 ダストチューブ

 君はいつも僕の後ろを歩く。道を誤ることも持ち物を落とすことも僕は滅多にないけれど、幼い子供を守るように、君は僕の背中を見ている。
「そーちゃん!」
 ハイウェイをくぐる歩道橋の上、国道をまたいでいく真ん中で、環くんが声を上げた。
「何かあったのかい」
「来て、来て」
 柵に片肘をついたまま手招きをするから、階段の手前まで戻る羽目になる。今日はもう帰るだけだけれど、陽が暮れ切っているから少し寒い。
「流れ星みたい」
 環くんが指差した先へ、無数のバックライトが吸い込まれていく。
「なに口あけてんの」
「いや、面白いことを言うな、と……」
 人工物に囲まれたこの場所で、そんな情緒のある単語を見つけるなんて。子供らしさを残すゆえなのか、それともかえって大人なのか。
「ん? 何か間違ってた?」
「ううん。合ってるよ。流星群が見える仕組みのことだろ」
 今ちょうど真後ろにあたる一点から延びる、塵の川を地球が渡る時、地球の空でその現象が起こるのだと、こないだ僕が環くんに教えた。
 環くんは学校の授業で習って以来、ずっと流れ星を探していたらしい。帰り道、天を見上げながら夜道を歩くので、危なっかしくて仕方がなかった。案外簡単に見られるものだと知ってからはちゃんと前を見るようになったので、興味をなくしたものだと思っていたけど。
「そんなに流れ星が好きなのかい」
「分かんねえ。見たことねーし」
 なら、願い事があるのかな。聞けば話してくれるだろうけど、何となくいつも言葉を継げない。聞きづらいわけでも、聞きたくないわけでもない。ただなぜかいつも、聞けないだけで。
「こんな街中じゃあ、流星群なんか見えねーかな」
「そうだね。少し明るすぎるかな」
 寮の近くなら見られるかもしれない。寝転がっていたら流れるかもね。そう言えば君は喜ぶだろうか。
「そーちゃんの住んでたとこってさ」
 不意に環くんがこちらを向いて、自分がずっと環くんばかりを見ていたことに気づいた。
「こんなふうに都会だった?」
「うん、どちらかというとね」
 自宅も学校も都心にあった。歩道橋から見下ろす車の灯りは珍しいものではなかったし、もちろん流星などは見られるわけもない。
 環くんの視線が星屑へ戻る。眩しさにまつげの輪郭すら冴える。
「俺らもそういうところに住んでればよかったんかな」
「……田舎のほうに住んでたの?」
「そうでもない。流れ星が見えねーくらいには」
 環くんに何も言えなくなるのは、環くんが怒りも悲しみも持たずに話す時だ。なだめることも慰めることもできない。なら何をすればいいのか、今の僕には分からないのだ。
「今度、流星群、見に行こうか」
「無理して見に行くもんじゃないだろ」
「そんなことないよ。こないだも教えただろ。流れ星なんて、奇跡じゃないんだ」
 月や太陽を見るのと同じだよ。例えれば環くんはそれこそ満月みたいに瞳を丸くする。
「本当に見える?」
「時期と条件が合えばだけどね。今度、マネージャーに相談してみよう。一泊ならきっと、何とかなるよ」
 仕事以外の計画を提案するのなんて初めてだから、環くんが驚いているのが面白いほど感じて取れた。けれど唇がすぐに弧を描く。
「俺ら雨男だから、だめかもな」
 らしくない悲観を口にしながらも、せわしなく僕の背中を帰路へ押す。よろけて一度振り返ったら、環くんが放射点を見つめていた。
「こんなふうには見えないよ」
「うそ、どういうこと」
「それは見えてからのお楽しみ」
「そーちゃん、本当に連れてってくれんだ」
 その返しは心外だな。僕だって誰かを遊びに誘うことくらいある。奔放に見えて実はただ一つの望みから息を抜くことができないでいる、張りつめたままの気持ちを癒したいと思うことも。
「気が変わんないうちに日にち決めよ」
 そう言って急かすのに、環くんの歩みは僕より遅い。だから僕はいつも前を歩くし、君はいつも後ろを歩く。そうして時々僕を呼ぶ。僕が行き過ごした景色を教えてくれる。だけど君が通り過ぎたはずの思い出に胸を痛めることがあるなら、僕は君の手を君の知らない場所へ引いていきたい。
 いつか並んで歩ける時まで、そんなふうに君を守っていく。