006 歌って

 静かにしてると、そーちゃんが時おり息を詰めるのが聞こえる。どんなに真っ赤な料理を食べても顔色ひとつ変えないのに、今は寝転がったままおでこに汗をかいている。
「痛い?」
「大丈……」
 しまった、という表情を向けられるより先に、俺の目がじわっと濡れるのが分かった。そーちゃんがいっそうあせり出す。だめだな、今は俺のほうがしっかりしてなきゃいけないのに。
「ごめん、ええと」
「いい。聞き方がヘンだった」
 つらかったらちゃんと話してほしい。そんな願いすらそーちゃんの負担になるのを知ってしまったから、本当はもう、あまり強く望めない。
「一人のほうがいい?」
 痛いかどうかなんて、俺に話したところでどうにかなるもんじゃない。だけどどうしてほしいか、なら聞けるはずだ。そんなものないと言われてしまったら、終わりなんだけど。
 ドキドキしながら、少しぼうっとしているそーちゃんの言葉を待つ。目を離したくないのが本音だけど、もし痛いのを我慢しているならそっとしておいてあげたい。顔に出さないようにだなんて気を遣われているなら、それこそそーちゃんのそばにはいられない。
「本当はね、少し痛い」
「……そっか」
「だから、何かお話してくれる?」
 す、とそーちゃんがブランケットの端から指先を覗かせた。あまりにも控えめなやり方だったから、そーちゃんらしくないのか逆にそーちゃんらしいのか分からなくなって、胸の奥がきゅんとした。
 握ったそれはいつもより熱を持っていた。思わず力を込めると同じようにして応えてくれるのに、切なさばかりをあおられる。
「そーちゃん、自己証明のために歌うって言ってたけど」
 そーちゃんが目を丸くしたから、楽しい話ができなくてごめんと思った。でも、そーちゃんがグループを辞めるつもりだと打ち明けた時から、ずっと聞きたかったことなんだ。
「ほんとは、おじさんのために歌ってた?」
 俺はそーちゃんが歌う理由を知りたかった。もちろん、そーちゃんが歌も踊りも大好きで、楽しくて楽しくてたまらないって顔をしながらステージに立ってたことは分かってた。けれど、いつからかそーちゃんは眠ることも忘れて仕事にのめり込むようになった。そこから何となく不安が始まった。
「それは違う」
 そーちゃんが俺の手を握り返したまま、やんわりと否定する。俺は気持ちの整理が追いつかなくなって、そーちゃんのつむぐ言葉に頼るしかなくなってくる。
「叔父さんには叔父さんの人生があった。僕に動かせるようなものじゃない」
 おじさんの話をするそーちゃんは、時々とても凛とする。自己証明のためにアイドルをやっていると答えた時、そーちゃんはもっと弱々しい瞳をしてた。
「だから怖いんだよ……」
 漏れたつぶやきにそーちゃんが首をかしげる。明るい話をしなくちゃ、そう思うんだけど、一回とりつかれると逃れられない。もちろん不安は不安でしかないのだから割り切ることはできる。実際、他人とは今までそうしてやってきた。だけど……。
「怖くないよ」
 いつもより頬を赤くしたそーちゃんが、あやすみたいに微笑んだ。迷惑をかけた後にかえって優しくなるなんておかしな話だ。
「僕は僕のために歌うよ。もう辞めるだなんて言わない。ごめんね、君にも失礼なことを言ったよね」
 大丈夫だからね、ってそーちゃんが笑う。笑うほどに俺の眉が寄ってくのを見て、そーちゃんが困ったみたいにまた笑った。
「……そーちゃん、お腹つらくない?」
「少しだけだよ。平気だよ」
「……ん」
 そーちゃんが倒れてやっと分かった。そーちゃんは絶対に嘘をつかない。そーちゃんが大丈夫だと言っても、実際には大丈夫じゃないかもしれないけれど、少なくともそーちゃん本人は、「自分は大丈夫」なんだと心底思っているし信じている。
 真実じゃないことも、意志をもってその口から出たなら、すべて本当のことになる。この人はそうして今日まで一生懸命やってきたんだ。
「そーちゃん……」
 俺が不安そうな顔をしてると、そーちゃんはこんなふうにずっと笑うんだ。細い指をこの先もうないだろうってくらいの力で包み込む。確かなものがあるなんて思ってない。こんなに何かを望んだのは初めてだ。
「俺のために歌って」
 そーちゃんが一つまばたきをした。きっと驚いただろう。俺だって本当は俺のことなんか後にしてくれていい。謝らなくていいし、失礼なことなんてない。俺こそ俺のために歌ってる。だから分かる。
「俺のために歌って。そーちゃんがいなくちゃあんなふうに歌えない。そーちゃんがいるから歌えるんだよ。そーちゃん、ずっと俺の隣で歌っててよ」
 そーちゃんがそーちゃんのためだけに歌い続けていたら、そーちゃんはいつか歌うことを諦めてしまう。優しすぎるこの人は、他人のためにしか強くいられない。
 何もかもを捨てて始めたこの仕事から離れると言い出したようにいつか、辞めたりなんかしないと約束した音楽をそっと手放してしまうんだ。
「歌うよ」
 誰より優しいそーちゃんが心からそう誓ったことを分かってる。だから俺はちゃんと信じる。
 強がりなんかじゃない。そーちゃんの「大丈夫」は、そーちゃんのせいいっぱいの誠実だったんだ。