さむい、ねむいとごねる俺の手を引いてそーちゃんがつれて来てくれたのは、でっかいビルのふもとに作られた、小さな光の海だった。
「きれいだろ」
 丸い瞳に星くずを散らして笑うそーちゃんは、確かに、本当にきれいだった。枝という枝を飾った金色がやわらかな髪を透かしている。頬のうぶげに見とれていたら、ほうっと吐かれた息が視界を揺らして、あっという間にそーちゃんしか見えなくなった。
「そーちゃん、寒くねえの」
「平気だよ。 寒い?」
 だからさむいっつってんじゃん、と思いつつ、相手も分かり切っているであろう文句はもう言わない。
「いーけど。イルミネーション見たかったなら、明日でよかったんじゃねえの」
 明日の仕事は早朝から夕方まで。ちょっと遠かったから、マネージャーに相談して前日入りさせてもらった。今日はもう、明朝に備えて寝るだけのはずだったのに。
「いいだろ。今日見たかったんだから」
「いーけど……」
 腑に落ちないまま相づちを打って、光の中でくるくる回るそーちゃんを見つめる。天に右手をかかげたり、俺に背を向けておじぎをしたり。そーちゃんの頭の中には今、たぶん、俺の知らない音楽が流れてる。 走ってきた夜道よりずっと明るい場所にいるはずなのに、どうしてかそーちゃんが消えてしまいそうに思えた。
「……そーちゃん」
 たまらず声を上げると同時に、ふっと目の前が暗くなった。風の音はしている。そーちゃんの靴も鳴ってる。そーちゃんが本当に消えてしまったわけじゃないのは分かってるから、そーちゃんがそばへ来てくれるのを黙ってじっと待った。
「環くん」
 ふ、とほのかな熱が冷えた鼻をふやかして、ちゅ、と唇に柔らかいものが触れた。
「怖くない?」
 そう問うそーちゃんの影しか見えない。握られた手を離されたら、きっと俺は来た道を戻れない。
「ごめんね。……外でしてみたかったから」
 そーちゃんの言う理屈は分かる。明日の夕方ゆっくり来たんじゃ、こんなふうにくっついたりはできなかった。
 でも、今回は仕事で来てるのだ。
「やっぱり怖い?」
「ちょっとだけ……」
 イルミネーションが消灯するような時間だ。いつもならゲームしてないで早く寝ようとか、明日の予習をしようとか、小言を言われるはずだったから、ずっと心配だった。
「なんかあった……?」
 情けないほど泣きそうな声が出たのに、そーちゃんがふわっと笑ったのが吐息で分かった。
「二人きりになりたかっただけだよ。……おかしいかな?」
 仕事で来てるのに、明日も早いのに、そーちゃんらしくないなとは思う。だけど俺のほうこそらしくないような気もしてきた。こんな時間なのに目は冴えてるし、寒いのになんだか帰りがたい。二人して魔法にかかったみたいだ。そう思ったら、シャンパンゴールドに彩られて軽やかに踊るそーちゃんの姿が目の奥に浮かんだ。
「そっか」
「うん?」
 そーちゃんは問いながらまた口をつける。手袋二枚ごしに触れる細い指があったかい。
「そーちゃん」
「うん」
「好き」
「どうしたの、急に」
「急じゃないと思う……」
 俺が“らしく”なくなってしまうのなんて、そーちゃんを好きになってからずっとだ。小さな変化にもどきどきするし、言葉はいくらでも待ってしまう。そーちゃんもずっとそうだったのかも。
「まだ怖い?」
「ううん。ちょっとだけヘーキになった」
「じゃあ次は君からしてよ」
「ええ……?」
 突拍子もないわがままを言うくせに、そーちゃんは俺の唇をするりとかわす。でも、さっきより目が慣れていたから、俺よりひと回り小さい体は難なく、胸の中に収まった。