恋は痛くない

 もうすぐ晩ごはんだってのに、そーちゃんが帰ってこない。レッスン室に向かうと、まだ電気がついていた。振りの練習をするって言っていたのに、妙に静かだ。
「そーおちゃん……」
 つい俺も静かになって、そろそろと扉を開けながら呼びかけると、そーちゃんは鏡にもたれて座り込んでいた。いつもは上品にまとめている脚を、投げ出しているなんてめずらしい。
「そーちゃん?」
 そろそろ歩み寄って、うつむいている顔を覗き込むと、すう、すう、と規則正しい呼吸音が聞こえた。なんだ、寝ちゃってたんだ。安心したような、これはこれで心配になるような。
 ぽか、って口が開いちゃってる。無防備だな。でも可愛いな。身体をぐーっと屈めて、小さな唇にちゅっとキスをした。
「んっ……うわ! たまっ……いたっ!」
「わ、だいじょぶ!?」
 ゴチンッ、とカタそうな音がして、そーちゃんが頭を抱えてうずくまった。俺の顔に相当驚いたみたいだ。
「ごめん、ごめんっ……痛かったよな、ごめんな」
 急いで頭を抱き寄せてさする。こんなんじゃマシにならないかもしれないけど。
「へ、へいき……ごめんね、びっくりして」
「んーんっ……ホントにへいき? くらくらしない?」
「うん、大丈夫。強がりじゃなくて、本当に」
「ほんと?」
 そーちゃんって最近、死ななきゃオッケーみたいなところあるからな。本当の本当に大丈夫なのかな。いまいち信じられなくて、顔を上げさせて覗き込んだら、俺があんまりヘンな顔だったのか、ぷっとふきだすように笑われた。
「ひでー……」
「ふふ、だって……。ごめんね、心配してくれてるのに」
「いーけど……」
 ちょっぴりいたたまれなくなって、ごまかすように口づけた。そういえばキスって、痛いのを和らげる効果がなかったっけ。
「ん……そーちゃ……舌、べってして」
「……ん、ふ」
「いーこ……」
「んっ……ん、ふぅ、んっ……」
 いいこ、いいこ。痛いの、飛んでけ。舌は少し荒く絡めたけれど、手のひらは優しく頭を撫でる。ちゅぱ、と唇を離したら、つうっと糸が引いた。そーちゃんがぱっと目を逸らして、鏡のほうに顔を向ける。
「うわ……。僕、真っ赤」
「はは、ほんとだ。かわい」
「かわいくない」
「かわいーよ。鏡じゃなくて、俺見てな」
 あ、なんかキザなこと言った。途端に俺も恥ずかしくなって、そーちゃんをばふっと抱きしめたら、耳元で「ふふふ」なんて笑われた。