可愛くない

 狼役をやった時に会ったちっちゃい俺は、元気で生意気で可愛かったけど、ちっちゃいそーちゃんはもっと可愛かった。もちろん本当に本人に会ったわけじゃなくて、撮影中のドラマの、子役の話だ。
「そーちゃん‼︎ ちっちゃいそーちゃんちょー可愛い‼︎」
 そーちゃんがそのまま小さくなっておすまししているようなガキんちょを抱っこして、そーちゃんのところまで走ってやった。ちっちゃいそーちゃんは結構面白かったみたいで、耳元で「もういっかい……」なんてささやいてくるから、たまらない。
「ほら、見てみ!」
「あ、うん」
 パイプ椅子に座っていたそーちゃんは「知ってるよ」みたいな顔をして、俺らに短い返事を投げた。本当に「投げた」って感じだ。そーちゃんはちっちゃい俺に会った時みたいな、撫でたり、ほっぺを包んだり、自分の名前を呼んでもらったり、サンドイッチで抱きしめたり、そんなの俺にもしねーじゃんっていうスキンシップを、取ろうとはしなかった。
「おっきいそーちゃん、元気ない? ちっちゃいそーちゃんも心配だなー」
 ガキんちょを抱っこしてると、ついついガキ扱いしてしまうけれど、ちっちゃいそーちゃんはちっちゃくてもしっかりしていて、俺なんかよりまともな口振りで「大丈夫ですか」なんて声をかけている。
「大丈夫だよ、ありがとうね。僕、大和さんたちに用事があるから……」
 行ってくるね、とにっこり微笑んで、そーちゃんはヤマさんたちのところへ歩いていってしまった。顔色は悪くないし、夕べもちゃんと寝てたと思うし、撮影もテンポ良く進んでいるけれど、初主演だからやっぱり緊張してるのかな。
「一緒に遊びたかったなー」
 ちっちゃいそーちゃんと顔を見合わせたら、真剣な顔で「大和さんにアドバイスをいただきにいったのかもしれません」と、普通にあり得そうなことを言われた。それなら邪魔できないなー、と頭を撫でているうち、ちっちゃいそーちゃんとの触れあいタイムは終わってしまった。
 夜もヤマさんのところに行くかな、と思ったけど、お風呂上がりの足音に聞き耳を立てたところ、一人で部屋に戻ったみたいだ。宿題はやった、明日の準備もやった。よし、と意気込んで、そーちゃんの部屋をノックしに行く。
「どうぞ」
 返ってきた声も、出迎えてくれた笑顔も、穏やかで落ち着いている、いつものそーちゃんだ。だけど昼間、ちっちゃいそーちゃんにしたみたいな返事と同じカンジで、なんとなく「大丈夫だよ」って距離を置かれたような気分になる。
「そーちゃん、お話しよ」
「お話? いいけど……」
 部屋のヌシより先にベッドへ座ると、ヌシも素直についてくる。可愛くて、ちっちゃいそーちゃんの可愛さを思い出して、思わずおっきいそーちゃんをぎゅっとしてしまう。
「ふふ。どうしたの?」
「んー。ちっちゃいそーちゃん可愛かったな、と思って。なー、俺にとことこついてくんの、そーちゃんが。すごくね?」
「……そう」
 一瞬甘い声で笑ってくれたと思ったのに、またすぐ味気ない声に戻ってしまった。冷たい、のともちょっと違う。どんな温度なのか分からない、というか、分からないようにされている。
「そーちゃん、やっぱりちょっと疲れた?」
「そう見える?」
「……いや、そう言われると、そこまでには見えねーんだけど……」
「はは。なんだいそれ」
 そーちゃんはかろうじてウケてたけれど、正直あんまり笑い事じゃない。そーちゃんが疲れてる時、落ち込んでる時、怒ってる時、悲しんでる時、サインをすぐキャッチできるようになった俺にも分からないことが、そーちゃんの中で起こってる。
「なあ、反則かもだけど、隠してないで教えて」
「なんのこと?」
「とぼけんなよ、頼むから……。そんなふうにされたら、俺なんもできなくなっちゃう」
 分からないようにされてる、ってことは、そーちゃんには分かってる。部屋に入れてもらえたのに、締め出されたみたいで寂しくて、泣きべそをかきそうになっていたら、そーちゃんがうつむいてしまった。
「言いたくない?」
「……あんまり……」
 そう言いながら、俺の胸に顔をうずめた。表情は見せてくれないけれど、そんなふうにするってことは、頑張って話そうとしてくれてるってことだ。そーちゃんの髪を優しく撫でながら、そーちゃんの声が出るのをゆっくり待つ。なんだか、ちっちゃいそーちゃんよりも子供みたい。
「……僕は、可愛くないなぁ、と思って」
「なんで……? 何が?」
「な、何がって……何もかもが……?」
「えっ、なんでそんな投げやりなん……」
 思った以上に深刻な口振りだったから、聞いてやるつもりが、びびってしまった。続きを促したくて、背中をぽんぽん、と叩いたら、そーちゃんは俺から離れて、くるっと後ろを向いてしまった。
「ち、小さい僕が、可愛いって言ってただろ」
「うん。ちょー可愛かった」
「だから、そういうこと」
「いや、どーいうこと?」
「うん……あのね、もういいんだ」
「よくねーだろ。なあ、そーちゃんってば」
「だからっ……」
 肩を掴んで振り向かせたら、思いっきり腕を伸ばして拒否された。だけど、ショックを受けかけた脳みそがいったんストップする。そーちゃんのほっぺや耳が、まっかっかだ。
「だから、子供なんかに妬いてる僕は、可愛くないからいいんだってば!」
 なーんだ、とか、そんなことで、とか、いろんな気持ちがごちゃ混ぜになって笑えてきて、でもそんな顔見せたら絶対キレられるから、ぎゅーっとそーちゃんに抱きついた。真っ赤だったそーちゃんは、いがぐりみたいに俺の腕の中でジタバタしてる。でも離してなんかやらない。こんなレアそーちゃん、すぐに逃げちゃう。
「ずっとガマンしてたんだ」
「し、してない」
「ちっちゃいそーちゃんみたいに、すまし顔してたくせに」
「それ、禁句だって分からないかな!」
 俺はちっちゃいそーちゃんが本当にめちゃくちゃ可愛かったけど、そーちゃんにしてみたら小さな自分なんてとても可愛いとは思えなくて、それどころか俺に可愛がられていいな、うらやましいな、なんてずっと思っていたのかな。胸が痛い。痛いのに笑ってしまう。笑ってしまうのに泣きそうだ。可愛くて、愛おしくて。
「おっきいそーちゃんも可愛いよ」
「可愛くない……こんな自分、嫌いだ」
「そーちゃんが嫌いでも、俺が好き。嫌いなら、俺にちょーだい」
 やっと大人しくなったそーちゃんを、そろりそろりと解放して、食べるみたいに口づける。おっきいそーちゃん。だけど誰にも見つけられなかったそーちゃん。とっておきのそーちゃんが、俺の腕の中にいる。
「くれてやる、こんなの、ぜんぶ……」
「やりー」
 今夜から俺が、ひとりじめだ。