お迎えが来ました

「そーちゃん寝ねーの?」
 消灯後の共用スペースにて、ソファでへばっていたら、環くんに見つかった。なんて、そうなることを分かっていてここにいたんだけれど。
「寝るよ……もう少ししたら」
「なんかヘコんでんの?」
「まさか……絶好調だよ」
 声に力が入らない。夏のソロライブのためにダンスレッスンを増やして、筋肉も少しだけれどついてきた。ライブ用の作曲もノリにノっている。ただ、自分の身体の限界を失念していたのだ。入浴はなんとか済ませたものの、オフの日前夜の午前一時、部屋に戻る前に動けなくなってしまった。
「今夜はここでもいいかなって……」
「あー。力尽きたのな」
「そろそろ環くんがトイレに起きてきて、拾ってくれるかなって、浅はかな期待をしておりました……」
「別に言い訳しなくていーし」
 上手く開かないまぶたの向こうで、ふうっと溜め息を吐かれる気配がする。薄く目を開けてわずかな明かりを探したら、重たい両腕を持ち上げられた。
「ほら、掴まんな」
「かたじけない……」
 謝罪なんて口先だけだ。力持ちの環くんは、ひょいっと僕を横抱きにして、難なく階段を上がってくれる。僕の部屋じゃなくて、環くんの部屋がいいな。念じながらぎゅっと首にしがみついたら、結果は思いどおりになった。
 すん、と首の匂いを吸い込んだのもつかの間で、環くんが足で毛布を蹴飛ばしたところに、僕をそっと下ろしてくれる。お姫様扱いされたような気分で、自分のわがままが少し恥ずかしくなってきた。
「肌のお手入れとかはできたん?」
「あ、うん……洗面所で済ませたよ」
「そか」
「あ、でも……」
「なんかいる?」
「レッスンで膝を擦りむいてしまって」
 ハーフパンツでステップの練習をしていたら、足がもつれて、床に膝を打ちつけてしまった。痣にはならないと思うけれど、摩擦で傷めた皮膚がヒリヒリしている。
「俺の薬とバンソコでいい?」
「君のって、王様プリンさんの……?」
「そー。左かな」
「……どうして分かるんだ」
「そーちゃん左軸に頼りがち。お、痛そー」
 見なくてもお見通しだなんて、腹が立つ。僕の気持ちはつゆ知らず、環くんはいつか僕が買ってあげた軟膏を指先に取って、傷にすりすりと塗り込んでくれる。手つきは優しかったけれどやはり生傷だからか、ピリッとした痛みが膝に走った。
「いた」
「こんくらいで痛いとか分かんの?」
「失礼な……僕にも人並みの痛覚はあるよ」
「嘘だぁ」
「嘘じゃないよ……」
 そんなに鈍そうに見えるんだろうか。ムッとするだけで気疲れして、反論をやめてまぶたを閉じる。傷にペタッと蓋を被されて、隣に環くんが寝転んだ。
「今度さ、スキマ時間に甘いもの食べに行こ」
「いいけど……。気になる店があるの?」
「つーか、そーちゃんに食わせに行くの。痛いって感じるとこがピリピリしてる時は、辛いモン食べて発散しちゃダメ」
 どういうこと? 聞き返すつもりで瞳を見つめると、環くんの眠たげな目尻がふっと笑む。
「神経甘やかしてやんの」
「ああ……」
 そういうことか。環くんが言いたいことは分かった。僕のために考えてくれたってことも。僕が食べられそうな甘いものなんて、環くんが差し出しでもしてくれないと、思いつかないけれど。
「……でも、今は?」
「今って?」
「今は、どうやって甘やかされたらいい?」
 それがないと眠れないって、駄々のつもりで頬を寄せる。未来のご褒美なんか役に立たない。目の前の環くんが抱きしめてくれなくちゃ。
「じゃ、ちゅーでガマンして」
「ふふ。上等です」
 僕の顔にそっと覆いかぶさって、押しつけるだけのキスを落としてくれる。環くんのにおいが僕を包む。眠る前にこれが欲しかった。これがなくちゃもう動けなかった。
「明日……」
「うん?」
「やっぱり、作曲を進めようかな」
「バカ。休めっつってんの」
 全身なめまわしてくたくたにさせんぞ、って環くんがあきれた声で笑った。