二度と音楽を裏切らない

「ひとりじゃないんだよ」の歌詞に、ありったけの気持ちを込めた。そーちゃんはきっと、これから何度もこの曲に立ち返って、いろんなことを考えるだろうから。
 ひとりじゃないんだよ。叔父さんを亡くして、親父さんたちの反対を振り切って、ひとりぼっちだったそーちゃんにも、届きますように。
「……あと、いっぷん」
 腕の中で縮こまっているそーちゃんが、いっそうぎゅっとしがみついた。たぶん、震えてしまうのを我慢してる。震えちゃったっていいのに。
 新曲のフルバージョン配信の瞬間は、俺の部屋で待つことにした。そーちゃんの部屋のほうが落ち着くんじゃねーのって言ったんだけど、俺に来てもらうより、俺のところに行くほうがなんとなくいいんだって。
 あと三十秒。あと十秒。三、二、一。
 シン、と静まり返っている。部屋も、寮も、きっと夜空も。だけどさっき確かに、この世界が変わった。そーちゃんと俺が、望んで変えた。
「う……!」
 ピコピコ、というラビチャの通知音と同時に、そーちゃんの肩がびくっと跳ね上がった。よしよし、とは言わないけれど、そんなつもりで頭を撫でる。あー、今だけ、翼が欲しいな。いくら俺のほうが大きかったって、そーちゃんの背中を包み込むのに、腕二本じゃ足りやしない。
「そーちゃん、ラビチャ、見るよ」
「……ん」
 相手は見なくても分かっている。バンちゃんに、評判が気になっちゃうから、ざっと見たらすぐ教えてってお願いしておいたのだ。メンバーの皆には、そういうことだからしばらくそっとしておいてもらう。左手でそーちゃんの肩をぐっと引き寄せて、右手でスマホのロックを解除した。
『SNSでの評判、すごくいいよ』
『泣いちゃった子もいたって』
『二人が好きで、よかったって』
『おめでとう、って言ってくれてるよ』
 見慣れた形のふきだしに、優しい言葉ばかりが並んでいる。喉が燃え出しそうな緊張をこらえながら、俺はそれらをゆっくり読み上げた。
「『壮五くん、おめでとう。環くん、ありがとうね』……」
 ラビチャはここで終わっていた。だってよ、と伝える代わりに、そーちゃんの背中をぽんぽんと叩くと、そーちゃんがおそるおそる顔を上げる。まるで、隕石の落下でも食らったみたいだ。
「……きっと、よくない評判は隠してくれてるんだよね」
「そりゃそーだ。でも、よかったじゃん。勇気出したそーちゃんのこと、応援してくれる人がいるよ」
「うん……」
 細い喉が、こくん、こくんと唾を飲む。そーちゃんも今、全身が張り裂けそうなくらい緊張している。二人で、それを腕から少しずつほどいて、たっぷり時間をかけて、ほーっと息を吐いた。
 長いまつげを伏せたままのそーちゃんが、あの曲からは想像もつかないくらい、小さな声で話しだす。
「アイドルとしてメディアに出るということは、生身の僕じゃなく、ファンの望む僕を、僕なりに発信していくってことだった。だから、音楽をやっているつもりでも、時々子供の頃と同じ心地がしてた。正しい自分でいられているか、間違ったことをしていないか……」
 そっと上げられた瞳が、きれいだな。こんなふうに見つめ合えるようになるまで、諦めずにそばにいられてよかった。
「だけどこれは、僕だ」
「うん」
「この曲は、僕なんだ……正しくなくても、間違っていても」
 ああ、仕方がないな。どんなに強くなろうと努めても、この人にはどこか脆さがある。それに気づかないまま走り出せることがこの人の強さで、俺はそんなこの人が、ぽっきり折れてしまわないよう、支えるって決めたんだ。
「そーちゃんはそーちゃんじゃん。正しいとか、間違ってるとか、ない。全部そーちゃん。それに、この曲は『そーちゃん』じゃなくて、もう『そーちゃんと環』でしょ」
 にこっと笑って見せれば、きょとんとした表情を返される。いつもいつも、すぐ上手く噛み合うわけじゃないけれど、違う高さの目線で、同じじゃない言葉を使う二人のほうが、広い世界を見に行けることを、もう分かってるよ。
「……違った?」
「ううん、違わない……」
 全身で握手するみたいに、もう一度抱きあった。そーちゃんはもう、震えてしまいそうな弱さを連れていなかった。今夜はもうベッドに入って、このまま眠りに着こう。そーちゃんのまぶたが閉じてしまうまで、今までの気持ちと、これからの夢を、たくさん交換しあうんだ。
「そーちゃん、……大事なそーちゃんのかけら、俺に触らせてくれて、ありがと」
「こちらこそ、ついてきてくれて、ありがとう……」
 何度も迷った。くじけそうになった。だけど、俺っていう最強の味方を捕まえたそーちゃんは、二度と音楽を裏切らない。これから嬉しい時も、悲しい時も、元気な時も、倒れそうな時も、そーちゃんはその指で、その声で、命ぜんぶを遣って、音楽をつむぐ。眠るように、食べるように、歩くように、呼吸するように。
 一緒に守るから。