ROSY2

 春と言うには遅く、夏と呼ぶには早い。五月雨の夜も五月晴れの朝も知らない、なんでもない日に僕は生まれた。
「そーおちゃん。誕生日イブおめっと」
「はは。なんだいそれ」
 今日初めて顔を合わせた環くんが、部屋に入るなり頭に紙吹雪を降らせてきた。膝に落ちた一枚をつまみ上げてみると、パステルカラーのハート形に「大吉。プリン一個やる」と書いてあった。
「せっかくだから、もらおうかな」
「おー、一枚目からやるじゃん。あとで届けてやんな」
 しゃがんで残りの紙切れを拾い集める環くんに続き、僕も椅子を降りた。水色、桃色、なんて色を並べ立てなくても、恋のかけらの色、と一言言えば、それで説明は済む気がする。大吉以外もあるのかな、とクリーム色の一枚を盗み見たら、「末吉。今日はゆっくり寝ること!」だそうだ。ちょうどいい入れ物がないから、環くんの部屋からお菓子の箱を借りてこようかな。
「……おじさんの歌?」
 机に置かれたヘッドホンを見て、環くんが申し訳なさそうに眉を下げる。
「うん」
「十二時まで俺、自分の部屋行ってる?」
「……ううん。二人で聴こう」
 笑いかけると、環くんは紙吹雪を机の上に置いて、遠慮がちにベッドへ腰掛けた。ヘッドホンからスピーカーに切り替えようとしたけれど、やめた。ポータブルプレイヤーのイヤホンを片方差し出すと、環くんは特に疑問を持つことなく耳に取り付ける。
 夜遅いからという理由だけじゃない。そもそもスピーカーで音楽鑑賞をすることは普段からほとんどない。いつだって、自分のいる空間に音楽を招き入れるのではなく、自分が音楽の中に溶けたかった。
「めずらしーな。これ聴くの」
 カラオケも配信されていないようなアルバム曲だけれど、叔父さんの歌の中に、一曲だけバースデーソングがある。マイナーなのは、単にあまり枚数が出なかったからというだけじゃない。たくさんの曲のうちこれだけ、叔父さんではなく、一番仲の良かったメンバーが歌っているのだ。
 今日はこれだけをリピートしていた。誕生日を迎える夜はいつもそうした。両親から向けられたことのない温かな言葉を、たった一曲の中に探していた。
「この人、会ったことある?」
「ないよ」
「そっか。……ごめん」
 他のメンバーにも会ってみたいとわがままを言って、少しでもツテを作っておけたら、叔父のことだってもう少しマシな亡くしかたをできたのかな。この仕事を始めてから、後悔してる暇なんかないって分かったから、そう思うだけで、もう悩んだりしないけれど。
「……お願いが、あるんだけど」
「なっ、なに? なんでもいーよ」
「この曲、歌ってほしい」
「いーけど……。Cメロは?」
 別に一人で歌ったって支障はない。だけどそこだけ叔父さんが歌っているから、環くんは気にしているのだ。僕は返事をしなかった。このパートを聴くたび、どうして全部歌ってくれなかったのだろうと、いつも寂しい気持ちになった。
 環くんは歌詞カードを見ながらではあったけど、すぐに歌い出してくれた。僕が寝込んでいた時に二人で延々流したとはいえ、こんなに聴き込んでくれているとは思わなかった。環くんが控えめに、ささやくようにサビをなぞる。時々高音でかすれる声に胸がぎゅうっと痛む。
 叔父さんの誕生日でも、メンバーの誕生日でもない日にこの曲は生まれた。友人への歌でも、家族への歌でも、まして恋人への歌でもないと当時叔父さんは言っていた。アルバムが発売されてから、僕の誕生日を待たずして叔父さんはこの世を去った。叔父さんがこの曲を、僕のためだけに歌ってくれることはなかった。
 何度も、怖れていた言葉を聞いた。――『甥御さんだけでも成功してよかったね』。僕の関わった物が売れれば売れるほど、叔父さんの名に影が差すと皮肉られた。叔父さんは不運だったと言うばかりか、僕の名声によって報われたと、心から口にする人までいた。
 それでも歌うことをやめられない。環くんと新しいステージに立つたび強く思う。IDOLiSH7をデビューさせるためにユニットを組んだけれど、脚光を浴びることだけが「幸せ」を支えるのではないと信じている。
「Cメロのとこ、そーちゃん歌いな」
「……うん」
 首を縦に振ったら、弾みで涙がこぼれた。環くんは肩をびくつかせたけれど、何も言わないでいてくれた。厚い手のひらが、震えながらも僕の頭を撫でる。叔父さんより、僕より三つも年下の、けれど時々僕だけのものになってくれる優しい手。
 触れ慣れた熱に温められて、体の強張りがほどけていく。少し眠たげな眼差しに守られながら、叔父さんの書いた歌詞をそっと紡ぐ。
――君がようやく、幸せとは何かを教えてくれる。これからも僕のすぐそばで、僕と一緒に歌ってほしい。
 唇を噛んだ君がこくりと頷いて、僕は明日、生まれ変わる。