甘えん坊

 俺の部屋のベッドはごちゃごちゃしていて落ち着かないとそーちゃんが言うので、二人のオフが重なった日の前日は、必ずそーちゃんのベッドで寝た。俺は寝相が良くないから、落っこちないようにっていつも壁寄りの右側。
 隣で寝られるなら真っ暗もそこそこ我慢できたのだけど、そのうちそーちゃんが枕元に小さなランプを備えてくれて、「消せそうな時は消してね」なんて言いながら仕方なさげに笑う顔が、俺の弱がりを許すみたいで切なかった。
「そーちゃんはさ」
 二人してくったくたに疲れた後だけれどシャワーを浴びるような気力もなくて、皆より早く起きるならもう眠らなければいけないと分かりつつ、俺はずっと聞きたかったことを口にした。
「なんだい」
「人に甘えたいな、って思うことはないの」
 この部屋に枕が一つしかなかった頃、軽い気持ちで腕枕(もちろん俺が枕役)を提案したら妙に嫌がられた。今はベッドにちょうど並べられる大きさのものがふたつあるので、いつもは低いところにあるそーちゃんの顔が、嬉しいくらい近くにある。
 長いまつげが瞬いて、眠たく溶けた眼にオレンジの光がゆらっと揺れた。
「甘えてるよ、結構」
「どうせヤマさんに、とか言うんだろ」
「三月さんにも甘えてる」
「そーいうことじゃなくて」
 じゃあどういうことだよ、とそーちゃんが唇を尖らせる。いつもより高いところに顔があるのに、こういう時のほうがかえってかわいく見えるそーちゃん、なんでだろ。
「酔っぱらった時みたいなさ」
「……人が覚えてない時の話をするのはずるいよね」
「最後まで聞いてって。あのさ、ヤマさんに聞いたんだけどさ……」
 つい大きくなった声に自分でも驚いて思わず息を呑み込むと、ほんの鼻先にあるそーちゃんの唇が船をかたどって少し震えた。
「酔った時に出るクセって、欲望の表れなんじゃないのって」
「……まさか」
 罰が悪そうにそーちゃんはうつむく。うつむくったって、ちょっと顔の角度が変わっただけで、俺から見える景色はほとんど変わっていないんだけど。
「大和さんは僕を気にかけてくれてるだけだよ」
「ヤマさんの話はどうでもいいよ」
「なっ……君から話し始めたんだろ」
「そーいうことじゃなくて」
 じゃあどういうことだよ……。布団に吸い込まれて消えそうな声で、薄暗い中でもそーちゃんのほっぺが赤くなってるのが分かる。そーちゃんは、自分が酔った時の自分の話をされるのが恥ずかしいみたい。じゃあ飲むなよ、とは思うんだけど、飲ませたがりな周りの人たちの勢いが、そーちゃんをいつも押し切っちゃうんだ。
「例えばそーちゃんはさ」
「……そういう話ならいい」
「まず、さみしいーとか言うわけ」
「いいって言ってるよね……」
 ついに、というほど話し込んでなんかいないんだけど、そーちゃんはもそもそと布団の中に潜ってしまう。かわいい。しょうがない。だから俺はそーちゃんのこと、甘やかしたくて甘やかしたくてしょうがない。
 だけど酔いが醒めた時のそーちゃんはいつも、俺がどんなふうにそーちゃんのこと甘やかしてるか一切覚えていてくれないんだ。そんなの、甘やかした意味がないじゃんか。
「そーちゃん」
 俺の胸の辺りに来た丸い頭を、できる限り優しく、でもぎゅうっと抱き締める。ゆっくりしたからそーちゃんは驚かない。
「それでね、待って、行かないでって言うの」
 そーちゃんの酔いっぷりって、同じ席にいた人の周辺ではわりと有名な話になってる。いつも上品に取り澄ましている好青年が、あれ取ってこれ剥いて行かないでここにいてって、節操なくわがまま放題するのが相当面白いらしい。
 でも俺は面白くなんかない。酒を飲むなとは言えないし、気をつけろなんてえらそうなことなおさら言いたくないし、どうすることもできないんだけど、でも、でも、してほしいことがあるなら、そーちゃん、いつも一番に俺のところに来てほしかった。
「そーちゃん、顔見せて」
 そーちゃんはもう何も言わない。代わりになのか、細い腕が俺の背におずおずと伸びる。これで許してとでも言いたげだ。
「顔がやだったら、頭だけ出して」
「……頭?」
 頭より先に疑問符が出てきた。埒が明かないから、結局俺が少し布団をめくる。身じろぎをされたけれど、お互いの腕はお互いの身体に絡めたままだから、嫌なんじゃなくて、たぶん息が苦しくなっただけだ。
「そーちゃん」
 名前を呼ぶ時、自分でも新鮮に思うほどやわらかくなる自分の声がとても好き。そんなむずがゆいほどの愛しさを宿して、右手をそーちゃんの後頭部に添える。それをうなじのほうにすいっと滑らせれば、俺の背中に控えめに触れていた指が、ぴくっと跳ねてあったかくなる。
「……よしよし」
 そーちゃんはやっぱり何も言わない。顔も見えないし、身動きもしない。けれど次第に、俺にしがみつく腕の力が強くなっていって、胸に当たる息が少しだけ乱れて、そのうちすとんと力を抜いた。
 ランプを消す余裕はなかったけれど、今日のそーちゃんが眠りを妨げられることはたぶんない。俺は俺で、オレンジの光と両手の中の熱が心地よくて、自分も眠くなるまでただただ、ふわふわの髪をあやすみたいに撫で続けていた。