歩みをとめないで

 コンコンコン、環くん。あー来た。もーやだ。
 夕方、番組の共演者との顔合わせを終えてからこっち、そーちゃんは眉を吊り上げっぱなしだった。心当たりはある。俺の態度だ。
 言われてもしょーがねえなとは思うけど、打ち合わせ場所を出てから車に乗って、帰ってご飯食べてバラバラにお風呂に入るまで、ずっと「今日は怒りますよ!!」みたいな顔で隣にいられる俺の身にもなって。なんかみんな引いてたし。
「どーぞ」
「お邪魔するよ」
 あいさつなんかいーよ。はい。話。早く。
「あのね」
 俺に並んでベッドに腰掛けたそーちゃんの声が、予想の七十倍穏やかで拍子抜けした。眉毛なんかむしろ下がってる。俺が風呂入ってた間に何かあったのかよ。
「ごめん。今日、感じ悪かったよね」
「別に。なんで」
「大和さんと三月さんにたしなめられて」
 それでしょげてんの? わけわかんねー。そんなだから……と言い返したい気持ちを抑え込む。そーちゃんがうつむいて自分の二の腕をきゅうと握るのを見てると、ちょっとさみしくなってくるから。
「環くんとペアを組むことになった人……苦手だった?」
「んなことねえけど、なんかメンドーだった」
「面倒って……。ううん、なら、いいけど」
 よいしょ、とそーちゃんが腰を上げる。早く終われって思ってたけど、ホント早。逆に俺のほうがストレス溜まる。我慢させてるみたいじゃんか。
「怒ってたんじゃねえの」
「怒ってたわけじゃない。注意をしようとは思っていたけど、君の気持ちも考えてあげてって、二人に言われて」
「俺がニガテなタイプの奴だったのかもって?」
「そう」
 例の打ち合わせは、アイドルが大集合するクイズ番組のものだったんだけど、コーナーの一つでペアを組むことになったヨソの男が、いけ好かないヤツだったのだ。なんか頭はイイらしいけど、いおりんとかそーちゃんみたいなタイプと全然ちがくって、やだなあ足引っ張んなよって、初対面だっつーのにうるさいのなんの。
 大人の話はそこそこ聞いていたつもりだけれど、どうしても気分が乗らなくって、リアクションも歯切れが悪かったから、ディレクターさんが困っていた。
「ニガテだったらいいっつーわけ」
「いいわけじゃない。だけど配慮が足りなかったなってこと」
「配慮ってなに。どーにもなんなくない?」
「だったら……」
 だったらもうちょっときちんとしてくれよ、かな。分かってんだけどなあ。上手く隠せない。でもそれがいいって言ってくれる人もいるから、ネガティブに考えるつもりはない。
「まあ、いいか。分かってるんだものね。気の進まないことでも自分らしくやり通すのがプロだから、君が君らしく仕事をしてくれたら、それでいいよ」
 おやすみ、とそーちゃんがドアノブに手をかける。突っかかったら少しは腹を立てると思ったのに、最後まで声に元気がないまま。
「そーちゃんはさあ」
「なんだい?」
「そーちゃんらしく仕事してんの」
 きょとん、としてから、ちょっとだけ傷ついた顔をした。俺が話に集中してなかったのは、そーちゃんのこと見てたのもあるんだからな。
「別にいーじゃん、面白さとか気にしなくたって。そーちゃん頭いーんだから、クイズ番組なんてそのままでいいじゃん」
 打ち合わせでそーちゃんだけ妙に話し込んでると思ったら、回答についてアドバイスを求めていた。そーちゃんは学校で習ったことはよく覚えてるし、朝のニュースでやってるようなよく分かんないことも詳しいけれど、雑学となると時々いおりんに負けるし、そもそもただでさえバラエティが苦手なのにキャラがかぶるって心配してるらしかった。
 そんなのが、コテサキの振る舞いでどーにかなんの? それこそ、どーにもなんないことなんじゃないの。
 そーちゃんが口をぱく、と開いて、また閉じる。作るだけ作られたあいまいな笑顔は、そうだね、って言いたいんだろうけど、君には分かんないよっていうののが透けてる。
「そーちゃんはどこにいてもそーちゃんじゃん。IDOLiSH7にいてもMEZZO”にいてもそーちゃんはそーちゃんなのと一緒でそーちゃん。違うの?」
 違うのかなあ。そーちゃんにとっては違うっていうなら、そーちゃんにとってそーちゃんってなんなの。
「もー知らん。出てって。バカッ」
「はあ? なんだよ急に」
「むかついてんの! もーいいよ早く寝ろよ」
「いきなり腹を立てられて、おやすみってわけにいかないだろ」
 なんだよさっきはもう話すことありませんみたいな顔をしてたくせに、俺の態度が分かんないからって食い下がんの。いや、俺もそうだったけど。
「言っても聞かねえからヤダ」
「あ、そう」
「わー!! ちょっと!!」
 そーちゃんがいきなりブツッと電気を消したので叫んでしまった。ナギっちがめずらしくダンと壁を叩いてくる。DVD観てたならゴメン。
「理由を話してくれないと気になって眠れないよ」
「俺はもう寝たいから点けて!」
 スイッチを探そうにもそーちゃんを踏んづけそうで動けない。ずり、という音と気配で座ったのが分かったけれど、つまづいたら首とか折っちゃいそうだし、第一、この汚い部屋のどこに何が落ちているのか自分でも把握してないから、怖くて一歩も進めない。
「はあ、寝ちゃいそう」
「寝れんなら自分の部屋で寝てよ……」
 もう俺のペースになんか巻き込まれてくんないくせに、そーちゃん、ホントバカ。いつもそんなふうにしてたらいいのに、仕事と俺は、何が違うの?