俺の誕生日の日は、日本中でちょっとおかしなお祭りがある。そのおかげで、誰かにとっての嬉しい日は誰かにとっての悲しい日だってことも、その逆だってあり得ることも、誰に教えてもらわなくても気付いた。
 園での誕生日会は月に一回、先生たちが決めてくれた。あの場所にいた十数年間、それがおふくろの命日だったこともあった。おめでたいのはその「日」じゃなくて、「誰かが生まれたこと」だから、俺もいつも通り「おめでとう」と言った。もう誰も理の誕生日を口にしないことを、寂しいと言ったりはしなかった。
 建物の陰に立つ桜のつぼみはまだ固い。夜が更けると、今にも息が白くなりそうに寒い。けれど星たちに冬の面影はなく、こないだまであんなに澄み渡っていた空は、くもりガラスみたいに霞んでいた。季節はいつも、冷たいくらいに平等だ。
「ただいまー」
「環、ハッピーバースデー!!」
 寮の扉を開けるなり、パンパンパパン、とクラッカーが鳴る。薄々気付いていてもやっぱり驚く。自分だけに向けてクラッカーを引かれた経験なんてそうそうあるもんじゃない。
「はは、近所メーワク……」
「おや、今年は照れ隠しから入りましたね」
「わかる。大人になるとちょっと恥ずかしいよね!」
「るせー。ナギっちもりっくんもちゅーすんぞ!」
 どうぞと言わんばかりに頬を指差した二人の目が輝いてる。若干引きつつ報復してやり、ついでにげんなりしてるヤマさんの頬にも同じものをお見舞いする。いおりんに背を押され、みっきーに手を引かれて向かった共用スペースには、王様プリンたちやプレゼントボックス、雲みたいに浮かんだ色とりどりのバルーン、キラキラの輪飾りに、食卓いっぱいの料理が待っていた。
「あっはっは、座敷やべーことになってる!」
「気をつけてくださいね。さっき七瀬さんがつまづいてニ、三個割ったので」
「ちょっと一織っ……そういうことは内緒にするものじゃない!?」
 畳敷きの居間には、MEZZO”で歌う時に巻く紙吹雪と同じパステルカラーの、ハートのミニ風船が散らばっていた。テレビに映るのはもちろん、ここ一年間のライブや映像の仕事の総集編だ。これは毎年、俺たちのためにバンちゃんとマネージャーが作ってくれている。
 毎日寝起きしている寮なのに、一面が今日のために用意されたスペシャルステージみたいだった。ステージでごはんを食べるなんてのも、ヘンな話だけど。
「遅くまで待っててくれてあんがと。ヤマさんたち、これからオムライス食ってケーキ食って、胃もたれだいじょぶ?」
「胃もたれは大丈夫です。デザートにお酒があるんです。ご心配どうも」
「お菓子作りすぎたから、子供たちは胃袋空けとけよな!」
 今年のケーキも王様プリンの形をしてるんだろうな。頬を緩むままにしながら、もう一度部屋中を見渡した。宙に浮いた風船の紐を掻き分けかけたところ、垂れ下がった先っちょに、カードがくっついているのに気付いた。全部じゃないけど、一つじゃない。もしかして、と手の中にある一枚を裏返すと、見慣れたカタい字に、ヘッタクソな王様プリンが書いてあった。
「そういや、そーちゃんから連絡……」
「さっき駅出たって。すぐに着くから慌てなさんな」
 そうヤマさんがなだめたとおり、玄関の方角でカチャリと音が鳴る。うずうずと足が動き出すのを堪えながら皆の顔を見たら、行ってこいと言うように微笑まれた。皆からのメッセージカードは後でゆっくり読もう。もうそろそろ、胸がいっぱいで爆発しそうだ。
「あ、環くん、ただいま。……じゃなくて」
「そーちゃん、おかえりなさいっ……」
 たぶん「おめでとう」って言いかけたんだろうそーちゃんの口をさえぎって、薄い肩に飛びついた。おめでとうは朝聞いたからいい。それより、昼までMEZZO”の仕事だったけど、夕方からは一人で外のロケだって言ってた。先週より軽くなったコートは、あんまりそーちゃんを守ってくれなかったみたいだ。そばにいられる日ばっかじゃないけど、俺の体が大きくてよかったなあと思う。
「どうしたの?」
「ちょっと、コーフンして……。落ち着くまでぎゅってさせて」
「……本当だ。熱いね」
 助かるよ、とそーちゃんも俺の背に手を回す。誰かが様子を伺いに覗いているかもしれないけど、今さら冷やかしの声はかからない。
 理、いくつになった? おふくろ、いくつだったっけ? 俺がふと振り返る瞬間にも、地球の裏側では愛する同士が抱き合っているかもしれない。おふくろが死んだ日の夜も、理がいなくなった日の朝も、世界のどこかに幸せだと思う人がいるなら、心の底からそう叫んでほしい。
 まだ花も咲き切らない、陽の光も頼りない季節を、誰かが「春」と呼んだ時みたいに。