宝物

 好きな物は王様プリン。大事なものは理と、IDOLiSH7と、俺たちを見守ってくれるみんな。宝物は、ない。
 来週受けるインタビューの質問票に目を通している途中、メモを走り書く手が止まってしまった。けれど収録前の隙間時間で終わらせてしまいたかったから、あまり悩んでもいられない。数秒ののち、結局「IDOLiSH7」と書いておいた。別に嘘じゃない。宝物みたいにちゃんと、大切だ。
 だけど、向かいでめずらしく頬杖をついて、俺の作業を見守っていたそーちゃんには、俺が回答をためらったことに、ちゃんと気付いたんだろう。
「宝物は、あったほうがいいよ。自分のことを強くしてくれるから」
「……この回答、やめたほうがいい?」
「ううん。君がよければ、今はそう答えよう」
 それ以上議論を交わす間もなく、仕事の時間が来た。収録中、集中力がそれきり全部そーちゃんに注がれてしまって、トークの時何度もそーちゃんをヒヤリとさせた。
 そーちゃんは常々、弱い自分が嫌いだと言うし、もっと男らしく、要は強くなりたいと言う。対して俺は誰かを傷つけるたび親父の顔が浮かぶから、なるたけ強くなりたくないと思っていた。そんな俺の隣にいても、そーちゃんにとって「強さ」はずっと「正しいこと」だ。そーちゃんがどうしたって強くなりたいなら、そうなれたらいいと俺も思う。
 だけど、強さを語る時のそーちゃんは、どうしてかいつも、寂しそうな顔をしている。

「そーちゃんの宝物って……なに?」
 そーちゃんの部屋でのパート割の最中、話がひと段落した隙に、尋ねてみた。そーちゃんは一瞬目をまるくして、でもすぐに弱ったように笑って、ポータブルプレイヤーのダイヤルを回して、俺にイヤホンの片方を差し出した。
「……この曲?」
「特にどの曲とかは、ないかな」
「やっぱり……」
 おじさんの話をされる気はしてた。でも、そうじゃなかったらいいと、ちょっと思ってた。
 宝物は、ないほうがいいと思う。好きな物や大事なものは大いに歓迎だけど、宝物って、自分だけの物、というのに少しだけ似てる。そして、なくした時、とても苦しい。
 そーちゃんが強くなりたいならそうなれればいいと思う。だけど、そーちゃんは俺のそういう気持ち、分かってくれると思ってた。
「そーちゃんは、これで強くなれた?」
「少しは……ううん、ずっと、なれたよ。誰とも分かり合えない時も、一人ぼっちの時も、叔父さんとの思い出がなかったら、生きてこれなかった」
 言ってることは、分かるのだ。だけど、おじさんがそーちゃんの宝物になんかならなきゃよかった。おじさんの存在はおじさんだけのもののまま、そーちゃんがその手の中に抱くと抱くまいと関わりなく、特別なものでもなんでもないみたいに、そーちゃんのそばにいてくれたらよかった。そしたら俺も、そーちゃんの寂しそうな顔を見なくて済んだのに。
 そーちゃんが貸してくれたイヤホンを外して、そーちゃんの薄い手をそっと握る。黙ってしばらく見つめ合っていれば、そのうちプレイヤーが流す曲なんて分からなくなる。
 忘れろとも置いていけとも言いたくない。そーちゃんの大事なものは俺も守りたい。だけど人が本当に「宝物」を持てるなら、それはもっとその人の心を晴れやかにするものであってほしい。毎日をきらめかすものであってほしい。
 例えば、そーちゃんが心底嬉しそうに笑う時、俺の見る景色が、ぱっと華やかに彩られるみたいに。
「そーちゃん……俺、そーちゃんのこと、好きなんだけど」
「うん……改めてどうしたの」
「……俺じゃ、だめ?」
 しんと静まり返った部屋で、プレイヤーが画面をスリープモードに切り替えた。そーちゃんの気がほんの少し散った隙をついて、どくどく鳴る俺の胸の中に、そーちゃんの肩を引き寄せて、ぎゅっと抱える。
 そうしてそーちゃんの耳に新しい曲が流れ始めたら、俺もちゃんと、宝物をつくる。――強くなるよ。