友人の誕生日によせて

 環くんの様子がおかしい。
 多くはMEZZO″での仕事が終わったあとだ。もう日もすっかり暮れ切った頃から、一人で帰りたいと言い出したりする。危ないことをしているんじゃないかと尾行したこともあるけれど、初回で見つかって以来やっていない。
 一緒に帰ったら帰ったで、環くんの夕飯当番のために買出しをした時は、王様プリンに見向きもしていなかった。
「環くん、プリン忘れてるよ」
「忘れてねーよ。忘れるようにしてんの」
 毎回補充を怠らないのにあり得ない。体重が気になるのか、虫歯にでもかかったのか、はたまたお金に困っているのか、思いつくままに追及したらそのどれかが図星だったらしく「うるせー!」と怒鳴られた。
 最近は同じクラスのはずの一織くんとも別々に登校している始末だ。こそこそ調べるのは悪い気もしたけれど、我慢できずに一織くんに尋ねた。
「環くんのことなんだけど……最近、ちゃんと授業に出てる?」
「出ていますよ、ご心配なく。――挙動がおかしいのは、パーティーの準備をしているからです」
 一織くんは、あっけない回答に問題を見失いかけた僕の、根本の目的をすぐに探し出してくれた。
「それはプライベートでの話……だよね」
「ええ。おそらく七瀬さんと、もしかしたら六弥さんも絡んでいるんじゃないでしょうか」
「それなら心配いらないかな……」
「別の意味で不安ではありますけどね」
 右手を額に当てて唸った一織くんは、不安そうというよりは呆れているみたいだ。僕は自分のことを鈍感な人間だとは、あまり思ったことはないのだけれど。
「何か知っていることがあれば、教えてもらえないかな」
「知っているというか。十中八九、私の誕生日のサプライズ計画ですよ」
 ほんの少し唇を尖らせた一織くんは頬を赤く染めたけれど、僕は全く正反対の表情をしていただろう。
「ごめん、誕生日を知らなかったわけじゃ」
「気を遣わないでください。どうやら大人の皆さんには内緒で進めたいようですし……気づかないでいてくれていたほうが、彼らも喜ぶでしょう」
 とはいえこれでもう知らないメンバーはいないと思いますけどね、と苦笑いした一織くんの落ち着きぶりを僕も見習いたい。

「で、環くん。単刀直入に言うけど」
 廊下で出くわした環くんを、環くんの部屋の前で捕まえることに成功した。扉を開けられないことは分かっている。そこにこそ僕らに内緒にしているものがたくさん散らかっているんだろうから。
「き、聞こえない聞こえない!」
「いいや、聞いてもらうよ! 今日も収録中に一瞬うとうとしてただろ!」
「生放送じゃなかったしセーフじゃん!」
 まさに売り言葉に買い言葉というやつだ。しまったという表情を見せた環くんに、僕のほうまで悲しくなってしまう。そんなことが言いたいんじゃないんだよね。そう思ってくれる人ばかりではないのが現実だから、気をつけなよと口を酸っぱくして繰り返すのだけど。
「そういう問題じゃないって分かってるくせに……」
「……そうだけど」
「まだ言い訳する?」
 いつも通りのお説教はやめて、少し意地悪を言ってやる。環くんは眉を下げると、観念したように首を横に振った。
「皆に聞こえるから、中で話そうか」
「……ん」
 部屋へ入るよう促して、ようやく彼の秘密の中へ招き入れてもらう。相変わらず散らかっている床のあちらこちらに見えるのは、折り紙で作った輪っかの鎖や、これから膨らますのであろう箱いっぱいの小さな風船、アルファベット型に切り抜いた色画用紙、ネイビーやゴールドといったシックな風合いのリボン。
「俺の部屋、汚くてあんま人来ないから、俺のとこに置こうって俺が言った」
「別に怒ってないよ。他には何が必要なの?」
「くすだま、作りたい。できたらケーキも」
 表面上はうんうんと聞きながら、頭の中でカレンダーを追う。当日までは一週間弱あるけれど、通常の仕事をこなしながら慣れない作業をどこまでできるのか。
「陸くんとナギくんも一緒にやってるんだよね」
「げ、そんなことまで知ってんの」
「完成の目処は立ってる?」
「んーと、玉はなんとか」
 聞けば、玉の骨組みの部分もザルとカラーホイルで手作りするとかで、明日買い出しに行くつもりだったらしい。物さえあれば何とかなると3人は考えているみたいだ。
「分かった。僕も手伝うよ。ケーキは三月さんに教えてもらって……」
「ダメ、3人でやるって決めてんの」
「でもこれじゃ終わらないだろう」
 尻尾を垂らした大型犬みたいに、環くんが明らかにしゅんとする。僕だってわざわざ指摘したくはなかったけれど、放っておくわけにもいかなかった。
「くす玉はどうしてもなくちゃいけない?」
「ん。昔、園の先生に作ってもらってカンドーしたから。りっくんも、病院で作ってもらったんだって」
 だから……、と続く声は尻すぼみになってしまっていた。もしかしたら、通常のペースで間に合わせる自信はもともとなかったのかもしれない。環くんは身体を動かすことは得意だけれど、例えば料理だとか、道具を使って何かをすることは、あまり上手ではないのだ。
「もう一度聞くけど。僕や三月さんが手伝うのは嫌なのか?」
「嫌とかじゃない。なんでそういうことゆーんだよ」
「ごめん、嫌味じゃなくて……僕にも、手伝わせてほしくて」
「だから、それは」
「そうじゃなくて。僕もやってみたいんだ、そういうの」
 僕にとって誕生日がどういうものだったか語って聞かせたくはないけれど、そういう育ちだから、一織くんのために何か準備をしていたなんて、人に聞くまで気づかなかったんだ。そう自覚した時、初めて自分の常識を寂しく感じた。そして羨ましくも思った。僕も、誰かのためにサプライズというものを計画してみたい。
「君を助けるというより、お願いに近いんだよ。ねえ、駄目かな」
「ダメっていうか……、でも、ダメ」
「どうして? こんなことは言いたくないけれど、君のスケジュールだと全部はとても」
「ダメったらダメなの!」
 勘弁してよ、と座り込んだ環くんは、怒っているというより困っているみたいだった。僕も合わせてその場にしゃがむと、膝からこちらを伺う瞳が少しだけ潤んでいる。そんなに悩ませるとは思わなかった。
「そーちゃんだから、言うけど」
 環くんがぽつりと話し始める。僕にだけ言うような話なんかあるんだ、という驚きは、今は置いておく。
「サプライズするとさ、仲間外れになんじゃん。されるほうがさ。今は俺らみんな大きいから、こそこそしてんのすぐ気づくし、いちいち気にしないかもしんねえけど」
 確かに、――確かにといっても僕は一織くん本人から明かされるまで思い至らなかったけれど、確かに、自分の誕生日直前に周囲の仲間がこっそり何かを進めていたら、そういうことだと予想がつくものだろうし、その上で黙っているのが大人の楽しみ方だろう。
「でも、ちっちゃいガキだと、分かんねえの。俺は何やってんだーってすぐ聞いちゃうけど、言えねえヤツのほうが多かった」
 だから……、と続く声はやっぱり細くなって消えてしまった。溜め息をついた君がもし頭を抱えていなかったら、今すぐその長い髪を撫でてあげたかった。
「堪えたんだね、それが」
「ん。いおりんはどうせ気づいてんだろうけど、でも、やなの。一人にだけこそこそすんのは、俺はやだ」
 だから他のメンバーにも内緒にしよう、そう考えて、引いたラインがたまたまここだったのか。それにしても僕ばかり気づかないことが多すぎて情けない。気づいていたら気づいていたで、結局こんな進捗なのだから、僕は黙っていられなかったかもしれないけれど――。
「分かった。じゃあ、3人で頑張って。その代わり、当日まで食事と掃除の当番を代わるよ」
「な、それじゃあ同じことだろ。大体隠してる意味が――」
「うるさい。ちゃんと計画的に行動できるようになってから言って。あと、無事にお祝いが終わったら、僕の当番の日は君に代わってもらうからね」
「んなこと言ったって、そーちゃんどうせ横に立ってるくせに……」
「それは、……まあ、そうかもしれないけど」
 とにかく、頑張ってよ。そうもう一声を掛けて、僕は立ち上がった。先ほどから扉の外で人の気配がする。貴重な作業時間をこれ以上奪ってしまうのは忍びない。
「そうだ、ケーキだけど、あとでいいレシピ送っておくから。陸くんならきっと作れると思う」
「そっか。りっくんホットケーキなら焼けるもんな。ありがと」
 部屋を出る前に、さり気なく物音でも立てて合図したほうがいいんだろうか。立ち止まって考えていたら、環くんが僕の手を引っ張った。まだ座ったままでいるものだと思っていたから、視線を合わせるのにほんの少し時間がかかった。
「あ、あのさ。俺の誕生日の時、ヘンな計画とかすんなよ」
「どうしてだよ」
「なんかあんた、とんでもないことしそうで怖い」
 失礼な……。しかし実際、僕なら何を計画しようと思案を巡らせるのを楽しみにしていたところだった。妙なところで鋭いから困る。
「祝われるのが照れくさいだなんて言い訳は聞かないよ」
「違くて。違かねえけど。……お願いがあんの」
 廊下の二人に聞こえないよう、環くんが僕の耳元に唇を寄せる。
 ――あんたと、桜、見に行きたい。
「……そうか、そういえば僕たち、出会ったのは夏の初めだったよね。よし」
「よしじゃなくて。よししなくていいから。近場でいい、近場で」
 あと声でけえよ、強気に戻った環くんにそう文句を言われる。昨年の春は、こんな日が来るなんて、思ってもみなかったな。