スノーライン

 豪華な衣装だと喜ぶ君も、ベッドの上では裸を好む。以前、男を脱がしたってつまらないだろうと言ったら、一晩おあずけを喰らってしまった。
「もう少し見応えのある体をしてたらよかったんだけどな」
 何の気なしにつぶやいたら、ぶくっと環くんが噴き出した。
「なーにそれ。体は体っしょ」
「だってこう貧弱じゃ、面白みがないだろ」
「ふうん。俺のは面白いの?」
「うん……。好きだよ」
 初めは腹筋ばかりもてはやされていた環くんだけど、最近は胸や肩にも筋肉がついて、ますます頼もしくなってきた。
 隆起した二の腕、すっと汗がつたう首筋、僕に触れるたびに張り出す鎖骨。内ももから腰骨にかけての曲線を、まるで覚えていたかのようになぞり上げると、体つきに反してあどけない眼が、くすぐったそうに細められた。
「俺もそーちゃんの、好きだけど」
「そう……? 環くんは自分の体格がいいから、細いほうが面白いのかな」
「別に面白いとかじゃなくて。そーちゃんならなんでもそーちゃんじゃん」
 言いながらされる口づけは、誘うようでもなくただただ可愛らしい。湯船を上がってかれこれ十分、座って向かい合ってこんなことをしている。オフの日の前の営みは、シーツに沈むまでがひたすら長い。
「なんで黙りこくんだよ」
「だって、なんでもいいみたいな言い方……」
 今晩二回目の「だって」を言った。ひとたび服を剥かれると、わがままばかりが勝ってしまう。環くんが喜ぶかどうかは半々だ。今日は機嫌を損ねたらしい。
「そーちゃんのわからんちん」
 そう唇を尖らされるけど、僕だって少し拗ねている。
「確かに男を抱くんだったら、細いほうがいいかもしれないね」
「そーちゃんのばか。怒んぞ」
「もう怒ってる」
「……怒ってっけど」
 環くんがもう少し幼かった頃は、これだけで三日は避けられた。先に我慢できなくなるのも環くんのほうで、思い詰めた顔で夜這いに来ると、「抱かれるのやだ?」と泣き出した。
 そのたび「嫌じゃないよ」と笑ってみせて、僕のほうからキスをした。僕たちの恋の仕方はいつも、居場所がそこにしかないみたいだった。子供で、必死で、痛々しいのに、今思い返すと愛おしい。
「違くて、そーじゃなくて、どんなそーちゃんでも、そーちゃんだなって思うってこと……」
 環くんは自分でも、上手く表現できていないのが分かってるみたいで、もどかしそうに頭を掻く。
「ていうか、うーんと」
「うん。ゆっくり話して」
「だから……、なんてか、そーちゃんが痩せたら大変なことがあるのかな……って思うし、ちょっと筋肉ついたら、どんなこと頑張ったのかな、って思う」
 環くんが一生懸命話す時、虚ろを見る癖は今も変わらない。頰を包んで、落ちかけた視線をこちらへ戻すと、眠たげな瞳に光が差した。
「そーちゃんの体見るの、好き。そーちゃんのことがちょっと分かるから」
「……うん」
 何が合図かは決まっていない。けれど僕は仰向けに、環くんはうつ伏せに、二人同時に倒れ込んだ。冷めかけた体がひたと重なる。背に回した指がぼうっと熱い。
「君と、いると……」
「ん?」
「僕が僕でいられる気がする」
 ちゅ、ちゅ、と優しいキスの合間合間に吐息で話す。大きな手がくしゃりと前髪を撫でる。環くんが額に口づけるのは、僕を労わる時か、諌める時だ。
「だから言ってんじゃん」
「うん?」
「どんなそーちゃんもそーちゃんだよ」
 さっきまでへの字だった唇が笑ってる。僕はそれを、まるで神様でも仰ぐように見ている。この場所で抱き合う時、環くんしか見えないはずなのに、世界の全部を見渡しているような気分になるのはなぜだろう。
「形とか温度とかが違っても、水が水なのと同じってこと」
 俺とくっつき合ってる時、溶けたみたいな顔になるのが嬉しーな……環くんはひとりごとみたいにつぶやいて、空色の瞳を潤ませてくれた。