そして僕たちも永遠を望む

 そーちゃんが初めて自作の曲を聴かせてくれたのは、一周年記念ツアーが落ち着いた、秋の初めの頃のこと。試作品なんだけど早く聴かせたくて、って耳を真っ赤にしながら笑ってた。
 聞かせたかったのはどちらかというと、曲を作ろうと思った理由のほうなんだと思う。完璧主義のそーちゃんが、完成してないものを持ってくることなんて滅多にないから。
 バンちゃんが俺たちのマネージャーになって、そーちゃんの負担はかなり軽くなった。皆にも「IDOLiSH7の曲を作りたい」と宣言してからは、そのぶんの体力を全て曲作りの勉強に注ぎ込んでた。
「タマ、眠れないのか」
 共用スペースでホットミルクをかき混ぜていたら、寝間着姿のヤマさんが降りてきた。時計の針はそろそろてっぺんを回る。
「ヤマさんも飲む?」
「いいよ。早くソウに持ってってあげなさい」
「……でも」
 いらないかもしれないし。めずらしく引っ込み思案な言葉を、必死にミルクに溶かしてごまかす。別にこんなものを作りたくて降りてきたわけじゃない。油断するとすぐ音を立てちゃうから、邪魔したくなくて隣室を出てきただけだ。
 何をしたらいいか分からなくて、でも何かしたくて、俺が眠れない時にそーちゃんがよく出してくれた、ホットミルクを作っただけ。でも今のそーちゃんは、たぶん眠りたくなんかない。
「ソウ……なんというか、生き生きとはしてるけどな」
「きらきらっていうより、爛々、してるよな……」
 考え込んでたって目つきが全然違う。苦しそうなそーちゃんを何度も見てきたから違いは分かる。だけど、突然目の前に無限の道が広がったような、それをただ突き進んでいくような、迷いのないそーちゃんは初めて見た。
 俺の知らない道を走っているようだった。それを承知で、溜め込むな、と言い放つだけなら簡単だ。
「でも、弱音吐かすの、逆にしんどいかもって今は思う」
「得意だからなぁ。自己嫌悪」
「そこまで引っくるめて守ってやれないのに、引きずりだすの……」
 怖い、と言いかけたところで、上階で扉の開く音がした。思わず二人して黙り込む。寮で一番、静かでゆっくりな足音が聞こえたから。
「……あ、起きてたのか」
「ソウもな。牛乳飲むか?」
「いえ。ちょっと出かけてきます」
「あ、ま、待って!」
 さも自然な流れのように外出しようとしたそーちゃんを引き止めるのは、きっと難しい。なら選択肢は一つだ。俺も出る。
「こ、コート取ってくっから……」
「……先に行ってるね」
 俺に先に声をかけたそーちゃんは、きっと俺が寝てると思って降りてきた。一人で歩きたかったんだと思う。優しさとわがまま半々の返事を残して、そーちゃんはためらうことなく冬空の下へ出ていった。

 来週からクリスマス物の番組が始まる、もうそんな季節だ。ダウンを引っ掴んできたはいいものの、手袋もしてくればよかったってくらい、今夜は冷え込んでいた。街灯の光に、真っ白な吐息が揺れる。十数メートル先で、そーちゃんの癖毛も揺れていた。
「そーちゃんっ……どこ行くの」
「どこも。頭を冷やしたかっただけ」
「血上ってたの?」
「……たぶん」
 と言うわりには覇気がない。部屋でひとしきり落ち込んでから出てきたんだろう。俺と同じく裸のままの指先を、そっと握る。元気づけたいと思ってるのが伝わったら拒否られそうで、やっぱりちょっと怖かったけど。
 二人とも何も言わないまま、人通りのない細道をてくてくと歩いた。そのうち、こぢんまりとした公園に着いて、話し合うこともなく中へ入った。そのまま、冷たいベンチに腰掛ける。頭より体を冷やしそうだから、本当はあまり長居したくない。
 だけど、待つよ。ここにいるよ。だってそれしかできないから。地面を見て手に力を込めたら、思いもよらずじわっと視界が霞んだ。バレないよう息を殺していたら、そーちゃんの頭がトン、ともたれてきた。
「……完成させるより完結させろって言われたから、最後まで作ってはみるんだけど」
「う、うん」
「僕一人で歌うものじゃないから……」
 いきなり吐き出しコーナーが始まったから固まってしまった。こっちは、言えって言うかどうかから迷ってたのに。
「IDOLiSH7らしくないとか、A面は張れないとか、僕たちのファン層にはウケないとか、どうしても考えてしまって……詮無いことだって分かってるんだけどね」
 ほうっとそーちゃんが息を吐く。デビューしたての頃とは違って、深く穏やかな呼吸ができてる。だけど――。
「……まだ、そんなことで悩むんだな」
「うん。分かってるよ。分かってるから、一人でちょっと散歩して、すぐ帰ろうと思ってた」
 だから心配いらないよ。寄りかかってただけのそーちゃんがつぶやいて、額を俺の肩に寄せた。俺がそうっと上体を捻ると、そーちゃんの体が胸の中に落ちてきた。頭を冷やすって言ってたけど、もう十分冷えてるんだろうから、全身暖めてやりたい。
「そーちゃん、曲作り始めて、変わったんだと思ってた」
「変わらないよ。僕のまま作ってる。作る曲作る曲、みんなそんな感じだよ」
「いーなそれ。『今のそーちゃんアルバム』、聴かせてよ」
「恥ずかしいから嫌だよ……」
 ぎゅっとしがみついたそーちゃんの髪を、乱さないくらいの力で撫でてやる。確かに、頭はちょっとあったかい。
「ていうか、一人で歌うものじゃないっつってたけど。そんなら一人で歌ってみたら?」
「えっ、……ソロで、ってこと?」
「うん。いきなり七人のタイトル曲なんて思うから煮詰まんじゃん」
「……」
 それはそれで重たいか。そーちゃんが黙りこくってしまったので、ちょっと後悔する。うう、と小さなうめき声が聞こえて、俺もそれ以上喋れなくなってしまう。背中がぞくりと粟立った時、そーちゃんがやっと、絞り出した。
「どうして、二人でって言ってくれないんだ……」
 戻りかけた涙が忙しなく退いた。その一言で、どうしよう、の気持ちが消えていく。
「……そっか。ごめん」
「ごめんじゃないよ……」
 咎められたごめんをいくつも飲み込んで、緩みかけていた腕の力を、ぎゅうっと強くした。迷いのないそーちゃんを見守りながら、迷ってたのは俺のほうだったなんて、もしそーちゃんに分かっていたなら、寂しい思いをさせてしまった。
「うそ。MEZZO”の曲、作って。怖くても、最初は二人でやってきただろ……」
 返事の代わりに、背をさすられる。そーちゃんはずっと、顔を俺の胸に埋めている。始めは触れることすらままならなかったのにここまで来れたのは、お互い、同じ道を歩きたいと望んでいたからだ。
 どんなに折り合いが悪くても、ずっと一緒に立って、一緒に歌って、一緒に踊ってきた。その果てで、そーちゃんは新しい道を歩き始めたわけじゃない。新しい地図を見つけただけだった。
 それなら俺も怖くない。はぐれなければ同じ場所へ歩いていける。道を拓き続けるこの人を、変わらずすぐそばで守れるはずだ。
「そーちゃんこそ、一人なんて言うなよ。寄り道すんなら連れてって」
「そうだね……それから、きちんと準備する。環くん、歯の根合ってないだろ」
「バレたか。ていうかマジ寒すぎ。そろそろマフラー……」
 言い終わらないうちに、ぽかんと口が開いた。そーちゃんの背中にちらちら、粉雪が舞い降りてきたのだ。
「えっ早……いや、去年もこんくらいに降ったっけ?」
「ああ、どうりで冷えると思った……綺麗だね」
 抱き合ったまま、互い違いの空を見上げた。考えてることは、たぶん一緒だ。
「冬の曲がいーな」
「あんまり待たせられないね」
 やっとそーちゃんの、心からの笑顔が出た。声で分かった。胸がきゅんとなって今度は俺が顔を埋めたら、ピロンとそーちゃんのポケットが鳴った。
「『牛乳温め直しとくから、早く帰ってきなさい』……あと、環くんはケータイを携帯しなさいだって」
「だって、あんたすぐ出てっちゃうんだもん……」
「はは。ごめんね、ちょっと拗ねてた」
「へ」
 どういうこと、と尋ねる前にかあっと頬が熱くなった。歩みを取り戻したそーちゃんは、やっぱりほんのちょっとだけ、俺の知らなかった顔をしてる。